絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 2月4日。この日のために一年間があるといったのは、間違いなく玉越である。彼女はほんの一か月で本当に少し痩せて、顔も髪もつるつるになっていた。人間、努力と金次第でどうにでもなるものである。
 全店舗を午後3時で締め切り、国際ホテルの大広間を借り切って、午後5時から午前12時までの社員総会という名の集いは始まる。全員正装。時には、キャバクラ嬢のような女子社員もいるがそれはそれでOK。
 来賓も今年はよりどりみどりだと騒いでいるが、香月にとって、そんなことは相変わらずどうでもよいことであった。来賓リストも見る必要なし。知り合いなんているはずもないし、いても関係がない。話しけられたら話せばいいくらいのもんである。
 そんなことより、顔見知りの店員がひっきりなしに話しかけてくるのをさばくのに一苦労だ。玉越がいない以上誰も助けてはくれない。
 一時、ひらひらのピンクのスカートに黒いタイツ、ピンクのハイヒールを履いたアマロリという名の永作が現れてその姿を写真やビデオに収める者で溢れたが、それも過ぎた。本人的には正装用らしいが、素人から見れば、メイドカフェも変わらなかった。
「……でさ、またそれが面白くて。よかったら今度一緒に見に行かない?」
「え……いやあ……」
「なんか僕、信用されてないのかな……」
 信用も何もって。何で興味のない8ミリビデオのどうでもいい映像をわざわざこの人の家まで見に行かないといけないの……。
「そんなことはないんですけど」
 精一杯の笑顔で応える。その辺に真籐でもいないだろうか……。さっきからこの本社の男、長いんですけど……。
「貴重な映像もあるんだよ。家宝にしているくらいだからね」
 若いのにくだらないことばっかり言ってきて、話にならない。
「はあ……」
「誰か友達連れてきてもいいよ」
「い……」
「なんか僕、信用されてないみたいだから(笑)」
「いえ……あの、あ、ごめんなさい、私宮下店長に用が……」
 相手の返事も聞かずにそのまま宮下の元に走り寄る。
「宮下店長!」
「あ、何?」
「何でもないんですけど、一緒にいさせてください」
「え?(笑)」
 彼は笑いながらも、とりあえず話しを聞こうとしてくれる。
「何? 」
「あそこの本社の人」
「……安田? 茶髪の方?」
「8ミリを自宅に見にきたらって」
「へーそんな趣味が……」
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