絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「嫌だから逃げて来ました」
「それがいい」
 宮下はにっこり笑って食事に目を落とす。
「なんか腹が減ったな……」
「あ、私もなんか食べよー」
「何がいい?」
「えーと、あのスパゲティ美味しそうだけど食べにくいなあ」
「さっき誰かもおんなじこと言ってたな(笑)。口紅がずれるって」
「口紅は……」
「お、今日はしてるのか」
「え? あ、いつもしてないの知ってましたか……」
「まあ(笑)」
 男性に化粧のことをそこまで知られていると、さすがに恥ずかしい。
「あそこのクラッカーでいいや」
 すぐに食事の話に戻した。
「何がいい?」
「うーん、ハムのやつ」
「……はいどうぞ」
 宮下は、手を伸ばすと、さっと皿の上に乗せた。
「ありがとうございます! 宮下店長にとってもらうと格別に美味しいですね」
「そんなとこ、ほめなくていいよ」
 宮下は今日は終始ご機嫌のようだ。店が閉まっていると思うと安心していられるのだろう。
「次何にしようかなあ……ケーキにしよ」
 ケーキはすぐ側にある。
「愛」
 え……。
「連絡しておけばよかったな。悪い、急だったから」
 何……。
「一昨日まで行けるかどうか分からなかったんだ」
 嘘……。
「愛?」
「ど……して……」
 手はケーキを取ることを忘れ、皿はそのままテーブルの隅に置く。
「招待されたからだよ」
「この度はご参加ありがとうございます」
 宮下が隣で頭を下げる。何? 知ってるの?
「坂野咲も来てるよ」
「え……坂……」
 誰だったか。
「愛?」
「何で……何も言ってくれなかったの?」
「ちょっと、驚かせたかった」
 嘘……そんな理由で……。
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