絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「大変申し訳ありませんでした」
 仲村は内心首をかしげながらも、即座に深々とお辞儀をする。香月愛とはほとんど仕事の話しかしたことがないが、店内でも常に目立つ存在である。つまり、どんな仕事をしているかは十分知っている。
「ほら、副店長さんが頭を下げているのに」
 男は香月を見下す。
「大変、申し訳ありませんでした……」
「変わったねえ、君も。昔はそんなんじゃなかったのに」
「お知り合いですか?」
 仲村はすかさず聞く。
「ええ。よく知っているんですよ。私の教え子のようなものです」
 師弟関係にあったのか? ……ようなもの?
 それにしても、全く香月が反応しない。
「あの、今回のことはあとで私がよく叱っておきますので、一旦下がらせてもよろしいでしょうか」
 事情を聴ける状態ではない香月の前に一歩出た。
「君は叱られるのが好きだからな。そんなのではきかないかもしれないな」
 叱られるのが、スキ??
「本当に、大変申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
 今度は香月も一緒に頭を下げた。 
 そろそろ周りの客もこちらを見始めている。物見になるのもまずい。
「反省したら電話をかけさせてください。電話番号は知っているはずだ。前の携帯の方。もう削除したか?」
「すみ……ません。もう、記録が……」
 さすがに香月も涙を流し始めた。
「やれやれ……」
 男はポケットから名刺とボールペンを取り出すとさっと番号を書いた。
「申し遅れました。私は桜美院大学の准教授、山田圭吾と申します。この、直筆の携帯にかけさせてください」
「はい、必ず」
「香月君、反省したらかけてきなさい。留守電があればかけなおすから……あー、ここは何時までですか?」
「10時閉店です」
「今度また集まる会の連絡もあるし、自分の番号も残しておきなさい。いいね?」
「……は、い……」
 消え入るような香月の声をかき消すように、
「よく反省させてください」
 男はしっかりとこちらの目を見て、まるで正当な答えのように自信を持って言う。
「必ず」
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