絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 ようやく山田という男は後ろを向いた。妙に香月にたてつくねばい客である。
 さて、それよりこっちだ。
「香月、休憩して来い」
 彼女はさっと足を出すと、俯いたままその場を去った。
 一体、どういうことなんだろう。仲村は考えながらも、とりあえず山田を店外に送り出した。
 やっぱり師弟関係にあって……、香月も見かけによらず、昔はわりと無茶をしていて、それを更正させた教師だろうか。
 だが……、何かおかしい。
「仲村副店長、はい」
 後ろから声をかけられて、ようやくテレビの伝票のことを思い出す。
「おっ、サンキュ」
「どうしたんですか? 香月さんなんか……」
「まあ、ちょっとしたクレームだ」
 一段落してから今日のシフトを確認する。香月は夜までいる。どうするか、飯でも食いに行くか……。
 それから長い勤務時間が過ぎ、ようやく閉店前になると仲村はレジに伝票を取りに来るついでに香月を探した。
「玉越さん、香月さんは?」
「えーっと、返品集めに行ってます」
「何コーナー?」
「パソコン周辺」
「了解」
 そしてまたテレビコーナーに帰るついでにパソコンコーナーに寄る。いた。ナイスタイミング、一人だ。
「香月」
 香月は声にびくっとしたがすぐに顔を上げた。
 近寄って、少し小声で
「今日、飯でも行くか?」
「……」
「いやならいいけど」
「……はい」
「どっちだよ(笑)」
「い……きます」
「じゃあ、終わったらとりあえず前のファミレスででも待っててくれ。閉めたら連絡するから」
 まさか店内に残して一緒に車に乗るわけにもいかない。
 閉店後は予定通り、早々に仕事を処理すると世間話もせずにすぐに車に入りながら、携帯を手にとる。
「もしもし、今どこ?」
「前のファミレスです」
「あぁ、もう飯食った?」
「いえ……」
「そこは嫌だろ?」
 まあ、そこでできるくらいの話ならいいんだが。
「はい」
 やはり深刻らしい。
「そっち回るから出てきてくれ」
「はい」
 香月は静かに電話を切る。
 さて……どこに食べに行こうか。中華か和風か、若い女の子なら洋風か。
 さまざまな料理を思い浮かべながらファミレスに周ったのに、乗り込んできた香月は予想以上に表情が暗かった。
「あの、ここで話してもいいですか?」
「別に……いいけど。車だけ奥に停めるな」
 スカイラインをファミレスの駐車場の一番奥に入れる。真正面から入れて、前方を壁で覆った。エンジンを切ると少し暑いので、アイドリングにする。暗い車内、近距離の2人は着ずれの音もよく聞こえた。
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