絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「……」
 質問されるのを待っているのか、香月は何も喋らない。
「今日のあの山田って客。いや、別に嫌なら何も言わなくていいんだが、ちょっと気になってな」
「……最近、よく来るんです。この前、宮下店長がいたときに来て、何かあったら言えって言ってくれました」
 それなら話が早い。
「まあ、とりあえず明日に電話すればいい話だけど。これからまたしつこく追ってくるようだったら……困るしな」
 「困る」という言葉が合っているのかどうか考える。
「あの……。もう、全部話してもいいですか? その、私、仲村副店長と今まであんまり話ししたことなくて、多分、私のことあんまり知らないから……その……。軽蔑とかするかもしれないけど」
 若い娘に持つような軽蔑心など持ち合わせていない。
「俺もいい年だからな。大体のことは経験してきてる。思うほど驚かないよ。それに、今まであんまり話たことないこともないだろう? 同じ店なんだし」
 優しく笑いかけてやるが、香月はこちらを見ない。
「もう……3……4年くらい前の話です」
「うん」
 表情が見えない分、きちんと相槌を打つ。
「私は大学生、3年生で。遊んでいました。就職もだいたい決まっていたので」
「ここは早いからな」
「いろんな人と、遊んで……。その中に、あの人がいました。大学で知り合いました。たまたま何かの講演で来ていて。
 誘ったのは向こうですが、それに乗ってしまいました」
 覚悟した喋り方だった。さすがに、香月がそのように遊んでいたと考えたことのない自分からすれば、衝撃的だった。清楚で純情な、真っ直ぐな女……。そんな気がしていたのは俺だけだろうか。
 だが、見えなくても顔に出さずに黙る。
「それで……3ヶ月くらい、会っていました。けど向こうから連絡をしなくなって。私も、もう忘れていました」
「それで、今回会ったのか?」
「最近、ここ一カ月の間です」
「分かった」
「ただ、その……」
 彼女は震えるようなため息をつく。
「遊んでいたときの、写真が……画像をあの人は持っています。だから今日も、それを……店長に見せるとか……」
「脅迫じゃないか。それで値を下げろと言っているのか?」
 彼女は首を振る。
「次はテレビが、42型が30台欲しいとは言ってましたけど。予算は400万です」
「いらないな。しかも、400で十分に買える。狙いは電話番号か? 香月の」
「分かりません」
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