絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 パソコンを片手で弄ってはいたが、急ぎの仕事がなかっせいで頭が思うように動かない。
 宮下はそのまま、今まで交わした香月との会話、玉越と会話している姿、佐藤の視線、佐藤を避ける香月……それぞれを考え、他の何もしようとはしなかった。
「失礼します」
 その声に振り向き、腕時計を確認する。2分ほど早い、オメガ。
「売り場、どうだ?」
「大丈夫です」
「そうか……」
「子機ももってきましたけど」
「お、そうだった」
「親機じゃダメなんですか?」
 香月は部屋の隅にある店長室用の親機を指す。
「いや、誰か来たとき、移動できる方がいいだろ?」
「そう……ですね……」
 香月は一度視線を落とし、隣に座ると、ポケットから名刺を取り出した。
「見せて」
 桜美院大学 光化学部 専攻科 教授  山田 圭
 これが本物なら、なかなかの男である。ここは偏差値も高いし、あの年で教授ということは早出世だったに違いない。
 宮下は思考を一旦遮る。今はそんなこと、どうでもいい。相手がどんな立場の人間なのか、今はそれほど関係がない。
「かけていいですか?」
「どうぞ」
 乾いた2人の声は室内に響いた。
「あ、ハンズフリーにして。嫌?」
「いえ」
 彼女は名刺を見ながらも素早く番号を打ち込む。それがものすごく慣れた押し方に見え、まだ番号を覚えていたのではないか、という妄想を膨らませた。
 コールは何度か鳴る、しばらく出なかったら面倒だなと思ったところでコールが途切れた。
「いつもお世話になっております。ホームエレクトロ二クス東都シティ本店の香月です」
『あぁ君か。ちょっと待って。部屋に入るから』
 5秒ほどの雑音。
『今部屋に帰ったところだよ。ぴったりだ』
「あの、先日は大変申し訳ありませんでした」
 言いながら、誰もいないテーブルに向かって頭を下げる。
『本当だよ。データー化してある、君のいやらしい写真をまた印刷するところだった』
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