絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 電話は切れた。
 どっと疲れた。この10年近くでこんなに不快な電話を受けたのは初めてのことだった。
 そして15秒ほど待って、シーバーの電波が空くのを待つ。
「宮下からのテレマスへの重要報告です。山田圭様というお客様からお電話があったときは、全て折り返しにして宮下か仲村まで報告してください。クレームです」
 数人の女性の「了解」を聞きながら、店長室に戻る。
 香月は椅子に座ったままでいた。
「香月……」
 ハンカチで頬をぬぐっていた。
「とりあえず解決したよ。テレビも他の店で買うと言っていた」
「……すみません」
 気はしっかりしているようだ。
「うん。男はちゃんと選ばないとな」
 優しく笑いながら冗談にとってもらおうと、言う。
「その……データはまだ持っているような言い方はしていたが、それを出してくるかどうかはちょっと読めなかった。香月への電話も全部俺に回すことを承知願うように伝えたけどな」
「写真は、一方的に撮られたものです」
「うん、分かるよ」
 自分では撮れるものじゃないと言おうとしてやめた。それでは縛られている香月を妄想しているのがバレてしまう。
「なんか……家のこと、言ってました?」
「家?」
「ここがバレてるなら、家もバレたかなあって」
「いや、そんなことは何も。……そうか、帰り道とか気をつけた方がいいか」
「いえ、基本的には忙しい人なので。そんな私を待ち伏せるような時間はないと思います」
「だといいけど、気をつけないとな。何かあってからじゃ遅い」
「そうですね……。きっと、何があっても、あぁいう身分のある人の方が意見が通ってしまいそうだし……」
「……まあ、とりあえずはこれでいい。
 少し休んでから売り場に戻っていいよ」
「……すみません」
 香月はすぐに立ち上がると部屋を出た。その後姿のスカートの裾が2センチ程折れていて、素足がいつもより少しだけ見えた。
 そんな、たいしたことのない事は一瞬で彼女の裸体を想像させ、果ては縄が食い込む様を再度妄想させた。

< 40 / 314 >

この作品をシェア

pagetop