絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 第一声はまあ、普通の客のようである。
「はい、かしこまりました」
 香月が返事をすると、仲村は2人の側からさっと去ったが、1コーナーだけ離れたすぐ側にいる。販売の過程においてミスがないか見守ると同時に、客の素性を把握しようとしているのである。よって、仲村の判断において、この客は怪しいと最初から踏まれていた。
「香月さん」
「はい」
 香月はソファに座っている客の前で、膝まずいて、一緒にカタログを見ながら、分かる範囲の商品説明をしていた。
「渕の色はいろいろあるんですよね?」
「はい。黒、赤、白、グレー、ベージュ、ブラウン、モスグリーン、ピンクです」
 実はこの型、先日レイジに頼まれてカタログを持って帰り、多少調べていたのでまだ少なからず、知識があったので非常に助かっていた。
「香月さんならどの色がいいと思いますか?」
「そうですね……。個人的にはブラウンが好きですが部屋によって色々違いますし、でも一番見やすいのは黒ですね」
「あの……僕の部屋……こんな感じなんです」
 驚いたことに男は、携帯電話の画像フォルダから自室と言い張る写真を見せてきた。にしても、似てもにつかない、豪勢な部屋である。まるでどこかのホテルの写真のようだ。
「……ご立派な素敵なご自宅ですね」
「いや、インテリアには少し興味がありましてね」
 ならテレビの色くらい自分で選べよ……。
「これなら黒……かな」
 何の根拠もないが、一番無難だと判断し、しかもすぐ在庫があるであろう色にしておく。
「やっぱりそうですよね。じゃあ、ブラックにします」
「えっ、よろしいのですか?」
 不安一杯で聞いたが、男の妙な笑顔に一瞬引いた。
「はい、香月さんおススメ、ってことで」
 笑うところだろうな、ととりあえず笑顔を見せる。
 とにかく、型は完全に決まったが、配線関係、工事関係が全く分からない。これはトランシーバーで誰かに一々聞いて分かるような範囲では、とてもない。
 仲村はいるだろうか……と少し顔を動かすと、すぐに目が合う。やはり気にしていてくれているのだ。
 香月は目を合わせて頷いた。
 仲村はすぐに寄って来る。
「すみません、この商品に決まったんですけど……」
 仲村は香月からメモを取ると、すぐに客の方を見た。
「はい、では、ご自分で設置なさいますか?」
「んなモンできるわけねぇだろ」
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