絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

頼れる上司の不倫騒動

「しまった……」
 閉店1時間後の午後11時。外は雨。傘はナシ。こんなときに限って仲良しは皆早上がりだ。誰かいればその辺まで送ってくれるのに。いくら7月が迫っているといえど、深夜の仕事帰りに濡れて自転車で帰りたい気分ではない。
 とにかく今日は踏んだり蹴ったりだ。おかしな客に捉まるし、第二倉庫まで返品を2回も取りに行かさせれるし、最後は雨だし。
「迎え、待ってるのか?」
 久しぶりの声だが誰だか分かる。
 ドキッとした。のは、声のせいか、タイミングのせいか。
「びっ……くりした……」
「傘ないのか?」
「はい……」
 佐藤浩二。ちょっとした縁のある人だ。
「自転車で来てるんだろ?」
「はい……」
「送ろうか?」
「……」
 このセリフをどのように捉えようか、迷う。
「えっと……」
「香月ー!」
 更に後ろから宮下の声が聞こえた。ずっと後ろだ。
「はい!!」
 この状況から逃れたいためか、こちらも必要以上に大声で返事をしてしまう。
「……」
 振り返って見ると、返事をしているのにも関わらず、宮下は何も言わずこちらまで近づいてくる。
「この雨の中、自転車は大変だろう」
 宮下は笑いもせず、無表情で言う。
「はい、今、それを……」
「雨で」
 突然佐藤が口をきき、香月も宮下もそちらを向いて黙った。
「雨で傘がないそうで。私が送っていきます」
「……傘ないのか?」
「あ、はい……」
「いえ、いいです。佐藤さん、家反対方向じゃないですか。僕、丁度通り道なんで乗せていきます」
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