絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 更に宮下は視点を変えた。
「来月のシフトのことも話したかったし。そろそろ申請出してもらわないとな」
「……はい」
 申請休日はとっくに出しているし、その話も2、3日前にした。宮下の心遣いが息苦しくて、言葉に詰まる。
「そうですか。じゃあ、お疲れ様でした、また明日……いや、明後日」
 佐藤はすんなり引くと、傘を差すと雨の中へと進んでいった。
「……佐藤さん、明後日出社なんですか?」
「さあ、知らない」
 明後日は香月の出社予定日だ。宮下はそれに気づいているだろうか。
「ちょっと待ってて。あと上の確認だけしてくるから。先、車入っとけばいい」
 と、スカイラインのキーだけ渡してくれる。そして
「これ傘」
 と、驚いたことに消火器と壁の隅から当然のように出してきた。
「え!? なんでこんな所に……」
「誰かが持って帰って使いまわされた後だがな」
「傘立てに置いておいてもすぐなくなりますよね」
「あぁ。車、分かるか?」
「白のスカイラインですよね?」
「そう」
 そこまで言うと、宮下は後ろを向いた。
 前を見る。あれ、そういえば、車どこに置いてるんだろう……。
 まあ、行けば分かるか。残り2台しかないはず。
 受け取ったキーで勝手に乗り込みしばらく待つと、5分もしないうちに人影がドアを開ける。店舗を施錠して戻ってきた宮下は、雨の中走ってきたせいでびしょ濡れだった。
「わっ!! あっそっか、傘……」
「意外に濡れた」
「すすす、すみません!! ハンカチなら……」
「ありがたく受け取る」
 慌てて取り出した皺になったハンカチが役立つ。しかし、2日前の物であることは黙っておこう。
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