絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 そのショックは大きく、衝撃的だった。
「……そ……」
 んな……どうして? が、なかなか声にならない。
「……俺は、正直、香月のことを可愛いと思っている」
 一瞬考える。
 これは、多分従業員としてに違いない。
「かわい……」
 佐藤の手がこちらに伸びてきた。伸びてきていたのは分かったが、体が動かなかった。
「入社したときからそう思っていたよ。まあ、一次面接をしたのは俺だから当然といえばそうだけど……」
 顔を軽く撫でられた。
 背中が凍る。
「かわい……って……」
「香月……。香月のためなら……全て捨てる。そう、思っているんだ」
 また、頬を撫でる。
「家族も、この、地位も、全部」
「なに、を……」
「何もいらない……」
「え……」
「何も、いらないんだ」
 顔が近づいてきた。
 まさかとは思った。
 信じたくなかった。
 だが、それは本当で。
 唇と唇は密着した。
 軽く。
「振り向いてくれるまで、待つよ」
 信じられない。
「いくつになっても」
 体が動かない。
「だから……それまで……」
 もう一度唇が触れ合う。
 逃げられなかった。
 逃げたかったと思う。
 だけど、逃げられなかった。
「何もしない」
 当然だ。
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