絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「妻との離婚話は既についている。息子も、妻が育てていく。不倫とか、遊びとか、そういうつもりで言っているんじゃない。再婚したくて言っているわけでもない。
 ただ、香月と一緒に、何のことも気にせずいられる時間ができたら、と思っているんだ」
「……きっ、急に!」
「急ぐつもりはないよ。年を取るのは怖いけど」
 佐藤は軽く笑い、暗い中でも白い歯がよく見えた。
「こっ……子供さんは? 可愛そうだとは思わないんですか!? そんな……たかが名前を間違えたとかそんなことから始まったことで……」
「香月……」
 佐藤は宥めようとしているのか、頭を軽く撫でた。
「ち、ちょっと待ってください!」
 何故何事も起こしていないこちらが、まるで何か犯したかのような扱いを受けなければいけないのか。
「気にするな。明日から俺はしばらく、本社勤務だし」
「そんな、そんなことではありません! 離婚なんかしないで下さい! 私は……そんな気持ちに応えられるとは……」
「思わない?」
「はい」
 助け舟を出されて、すぐに気持ちが出てきて良かった。
「だから待つよ、それまで」
「……そんなこと……」
「それくらいの気持ちになってしまったんだよ」
「だって、仕事だって、明日からは本社で昇格したんじゃないですか!?……子供さんだっているし、そんな……」
「昇格とは、実は少し違うけど」
 目が合い、彼が何か言い出すことが分かったので、俯く。
「だから、それくらい、香月のことを……愛してるって言ったら驚くかもしれないけど」
 嘘……そんなに……。
「だけどそれくらいじゃないと離婚なんてしない。
 正直、名前を呼んだときは自分でも驚いたよ。でも、それくらい、香月のことを考えているんだって気づいた。
 だから、後悔はしない」
「私は、佐藤店長とは結婚はしません。だから、お願いだから、離婚しないで下さい!」
 香月は必死で説得を始めた。
「そんな……いつか後悔しますよ。だって、ずっと若いわけじゃないし。息子さんだって、一緒に暮らしたいと思ってるに決まってますよ!」
「遊びでもいいよ」
「え?」
「香月に遊ばれてもいい」
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