絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「それは……もう妻も納得したからって。でも、私は佐藤店長が離婚したからって結婚しないし、そんなことで離婚しなくても……だって、息子さんも可愛そうです!」
「確かに……そうだな」
「私はすごく尊敬してきたし、佐藤店長の仕事のお手伝いをしたかったし、佐藤店長に認められたかったし……」
「うん」
「それが……」
「分かった。確か、佐藤店長は明日から本社勤務だった……かな」
「確か」
「佐藤店長はどちらにしてもその店には戻らない。それは今香月が言ったからじゃなく、新店ができたための人事異動だ」
「……はい」
「俺も佐藤店長のことは尊敬している。どうして今あの小さな店舗の利益がとれているのかというと、そういう人だからだよ。それは香月もよく知っていると思う」
「はい……」
 涙が溢れた。
「移動したら、気持ちが全然違うだろう」
「……はい……」
「香月?……」
「……はい」
 掠れた涙声が、小さく受話器に伝わった。
「……予定は……佐藤店長の人事予定は、とりあえずひと月臨時本社の後も、今より大型店に行くに違いないから」
「はい……あの、誰にもこのことを知られたくないです! こんなこと、自分でも信じたくありません」
「それは大丈夫」
「お願いですから、誰にも言わないで下さい」
「……どの部分を?」
「佐藤店長が……私のことを待っていて……。それが発端で離婚をするつもりだということです」
「本社としては、いたずら電話の件は、ただのいたずらで終わらせるつもりだ」
「はい……あの、もしかして、私、辞めた方がいいんでしょうか?」
 思ってもいないことだが、ふっと思ったのでとりあえず質問してみる。
「辞めたいのか?」
「全く」
「じゃぁ、辞めなくていい。香月は何も悪くない。誰も何も悪くはないけれど」
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