絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 レイジがずっとこちらを見ているのが分かっていたが、あえて知らないふりをしてしばらく考える。手は携帯のボタンから離れていないし、視線も携帯を見つめてはいるが、頭の中は、大事な話の内容を真剣に予測していた。
「今日用事ないなら、夕方仕事終わったら連絡するから」
 そこまで聞かれて、どう返答しようか考えていると手元の携帯が鳴った。
 液晶には宮下店長と出ている。時刻は10時10分。開店早々なんかあったか……。
「もしもし、お疲れ様です。香月です」
『お疲れ。今あの井野様が来店しててな。テレビなんだが覚えてるか?』
「はい」
 伝票は抜かりなかったはずだ。しかも配送は今日の午後指定なのを確認している。
『配送時間を昨日の夜に香月が電話で伝えてくれるはずだった、と言ってるんだがどうなってるんだ?』
「いえ、そのようなことは……。でも、誰が電話するか、までは言ってなかったかも……」
『まあ、そうだな。とにかく、ものすごくお怒りでな。今店まで来てる』
「行きましょうか?」
『いや、確認したかっただけだ。その前にどうして香月がテレビを売ったんだ? たまたまか?』
「いえ、お客様のご指名です。全く知らない人でしたが、以前私に接客されていたと言っていました。あの、行きます。今何もしてないし、私が話しておいた方がいいと思うので」
『……了解。早めに来い』
「はい!」
 電話を切って思う。しまった。朝食とっておけばよかった。
 猛スピードで自室で着替えてヘアメイクをしてリビングに出る。
「あれ、出社?」
 レイジが先に聞いてきた。
「臨時で」
 香月はそちらを見もせずに靴を履くと外に出た。
 今日、誰が出社だろうか……。そんなことを考えながら自転車を高速でとばす。
 それでも店に着いた頃には10時45分だった。とにかく、宮下の力でもう話が終わっている、と笑われることを祈る。
 しかし、駐輪場から走ろうとすると携帯がまた鳴り、
『本人からお詫びを聞きたいと会議室で待ってるから急いで来い』
と催促の電話が入り、猛ダッシュで店内に入った。
 会議室で待っているということは相当暴れたんだろう。
 久々に息が切れるほど走る。会議室の前に来たときには、ドアをノックすることも忘れてそのまま開けた。
「すみません、遅れました!!」
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