絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
 香月は永作に確認した。
「私が休みの日に、お店に仕事をしに来たフリをして倉庫に行っても不自然じゃないでしょうか?」
「まあ、不自然じゃないことはないけど……あ、お菓子持ってきました作戦にする? 私が宣伝しておくからさ、今日永作さんが美味しいお菓子を持ってきてくれる約束になってるんですよーって。そしたら飛びつくよ」
「手づくりがいいんじゃないですか?」
 佐伯の表情は真剣だ。
「手づくりならアップルパイでもいいですか?」
 永作は控えめに強調する。
「全然オッケイ!」
 佐伯は親指を立てて、無駄にウィンクもしてみせる。
「……」
 永作は真剣な表情をして少し視線をずらした。アップルパイを作る算段をしているのだろうか。
「あ、そろそろ時間……」
 香月はお気に入りの腕時計を見ながら立ち上がるが、永作はこちらを見ようともせず、
「佐伯さん、アップルパイとチーズパイって一般的にどっちが好まれると思います?」
 変わらず真剣な眼差しを続けた。
 人はよく、自分にないものを他人に求めることがある。
 それがよく表された例ではないかと思った。
 それに、依田なら彼女もいなさそうだし大丈夫だろう。まず下調べをしておいた方がいいか……。
 いや、もし永作以外の人が好きだとか、彼女がいることが分かったら、それを永作に伝えることができるだろうか?
 それができないのなら、下調べもいらない。
 淡々とフロアまでの廊下を歩いていると、トランシーバーのイヤホンから声が聞こえてきた。
『香月さん、現在地は? 一眼コーナーで男性のお客様がお待ちです』
 マイクのスイッチを押して一秒経過してから、
「了解、今階段です。すぐに行きます」。
 
< 9 / 314 >

この作品をシェア

pagetop