絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 
「……宮下店長のお知り合いですか?」
 坂野咲がいなくなってから、彼女は喋りだす。
「あぁ。高校のときの同級生だ。大学が同じでね、職場が近いから、未だにつるんでるよ」
 ようやくこちらも落ち着いて椅子に座ることができる。
「すみません、お茶ください」
「うん」
 キャップを空けてから彼女に渡す。彼女はそのままごくんと一口飲んだ。
「あ、レイジさんに電話しておかなきゃ。自分で帰るって」
「あぁ、そうだな……」
 香月はサイドテーブルにある自分の携帯にようやく気づいていたようで、すぐに取ると番号を押した。
「その……ヤグラさんから丁度鳴ってて、悪いけど出たよ。入院してること言って誰かに迎えに来てもらわないといけないし」
「はい」
 香月は簡単に、そんなこと一々断る必要もないと言いたげに、携帯を耳に当てた。
 本当は室内では携帯電話の使用は禁止だが、少しくらいはいいだろう。
「もしもし? レイジさん? ……うん、もう平気。だから、自分で帰るから。え? そうなの?うん。じゃぁ、待ってる。じゃあね」
 電話はすぐに切れた。
「なんか、もう着くから待っててって。宮下店長、私、もう大丈夫です」
「いや、俺もいるよ。その人にもちゃんと説明しておかないといけないと思うし。店は大丈夫らしいから」
「そうですか……。でも別に、説明しなくても……」
「一応電話で説明はしたんだけど……なんか、まずい?」
 香月が何か考えているようだったので、声をかける。
「いえ、何も」
「香月はその人と2人暮らし?」
 書類上そうではなかったと思うが、一応確認してみる。
「いえ……ルームシェアマンションで男性2人、と私です。レイジさんは忙しいからあんまりいないけど」
 彼女は笑った。
「すごい組み合わせだな。確か最近だよな、引っ越ししたの」
「はい、そのうちの1人が友達で……。別に、今のお店に近いからいいかなって」
「若さかな。俺の感覚では信じられない」
 香月はそこで、返す言葉が見つからなくなったのか、少し小首を傾げて目を逸らし、黙った。話題を変えよう。
「……香月、大丈夫か?」
「え? はい、何とも……」
「ああやって酒を出すなんて、普通では考えられない」
「……そうですね……」
 彼女は視線を逸らして考え始めた。
「だけどいい経験になったと思います。店長の判断を聞いてから、お客様と約束する」
「まあ、そうだが。……やっぱり、フリーから外そうと思ってな。どうだ? 今はそこまで考えられないか?」
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