優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「殿ーっ!桃姫との二人きりの逢い引きなど拙者は認めませぬぞー!」


「ああ姫、うるさいのが来ちゃったからまた後でね」


「あ、はい…」


結局越後行きの詳細を話し合えないまま桃が部屋を出て行く。


部屋には沈黙が満ち、素早く目配せし合うと兼続が鞘から音もなく剣を抜き、いきなり天井に突き立てたのを謙信は面白そうに眺めていた。


「当たった?」


「いえ、逃げられました。かたじけない!」


「いいよ、どうせ伊達か徳川の手の者だろう」


呑気に茶を啜りながら悩ましげに溜め息をついた謙信の膝に膝がぶつかる程近づいた兼続が声を潜めた。

…瞳をきらきらさせながら。


「此度の桃姫の越後行き…三成も同行するようです。殿、尾張を攻める絶好の機会では?」


野心溢れる兼続に対して謙信は思い切り心外だと言わんばかりに息をつくと、穏やかな目元に慈愛の笑みを掃いた。


「片腕をもがれた状態の羽柴秀吉に興味もなければ天下取りには私は乗らないよ。虎の首根っこを押さえつけておくのに夢中だからね」


「軍神上杉謙信ともあろう御仁が何を弱気に!殿、今よりしばらくの間拙者の小言をお聞き頂きますぞ!」


血気盛んな若武者に謙信は呆れ返りながらごろりと横になった。


「さっきの捨て目が何を探りに来たか…姫のことでなければいいんだけど」


…その謙信の呟きはこの後現実のものとなってしまう。


――その頃大山に事情を話し終えた三成の元に庭で待ち構えていた幸村が走り寄ってきた。


「三成殿…嫌な予感がいたします」


「どうした?」


それをどう言えば伝わるのか幸村は真剣に考えながら言葉を詰まらせた。


「血糊が点々と庭に落ちているのです。それもまだ新しい…」


急に鋭い光が瞳に宿り、幸村は慌ててその場所に先導する。


「…刺客か?」


「殺気は感じませんでした」


庭で話し声が聞こえた桃が、大山と茶菓子を口にくわえたまま部屋から顔だけ出して見た。


「三成ひゃん?」


「気にするな。幸村と世間話していただけだ」


「はーい」


また障子が閉まり、三成と幸村は不穏な空気を感じていた。
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