優しい手①~戦国:石田三成~【完】
三成を求めて縁側を歩いていると、仕事をする部屋に明かりがついていたので軽く障子を叩いて中に入った。


机に向かって何やら難しい顔をしているので話しかけずにただ隣に座る。


「三成さん難しい顔してるー」


――脳天気な桃に思わず言ってやりたくなるのを我慢する。


“謙信に騙されるな!”と。


「遊びに行くのではない。暇は頂いたが時を無駄に浪費するつもりもない」


「…」


やけにつっけんどんな態度を取る三成にむかっともせず、大らかにできている桃は少しだけ障子を開けた。


「…あ」


聴こえるは、琵琶の儚き奏で。


ボロン、ボロンと鳴り響き、その音に酔いしれる。


「謙信さんかな…」


「…桃は謙信を好いているのか?」


単刀直入に聞かれてつい慌ててしまった桃に、三成は例えようのない虚しさを感じずにはいられなかった。


「え、えっと…」


「…謙信は一国の城主。気に入られれば骨の髄まで愛してくれるだろう。…それもいいかもしれぬ」


「…え?」


――何を言われているのかわからず、耳にも琵琶の音は入らなくなり、三成に詰め寄って顔を覗き込んだ。


「三成さん…?」


「そなたがその気なら越後にて暮らすといい。…預かったものも返してやる」


「ちょ、待ってよ三成さん…私…」


「外してくれ。…一人になりたい」


直後悲しみに可憐な顔が歪んだが、自分の言葉で傷つきながら顔を上げない三成は筆を取る。


「三成さん…私のこと…嫌いになったの…?」


「…謙信は自信に溢れた戦国最強の武将。惹かれるのもわからないでもない」


正座し、膝の上で握りこぶしを作った手がどんどん汗ばんでいくのを感じながら桃は必死に言い訳を考える。


三成だけには嫌われたくない。


こんなふうに顔も見たくないというような扱いをしてほしくない!


「…謙信さんよりも…三成さんの方が好きだよ」


「…!」


顔を上げた三成に無理矢理笑顔を作って、ひと雫涙が零れた。


「でも…これからはわかんない。わかんなくなっちゃった…」


琵琶の音がまた聴こえだした。
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