優しい手①~戦国:石田三成~【完】
ぱたぱたと縁側をこちらに向けて駆けて来る桃が見えた。


琵琶をつまびきながら目だけ上げてそれを見ると兼続と幸村に静かに話しかけた。


「兼続、幸村」


「はっ、畏まりまして」


兼続が頭を下げ、幸村を無理矢理立たせて部屋を後にする。


――その間に障子を全開にして悲しい恋物語の曲を弾きはじめた謙信の前で桃が立ち止まった。


「…」


「……」


話しかけず、話しかけない。


瞳を閉じてただ琵琶を奏でる謙信の前に桃が座り込んだ。


「…綺麗な曲…」


「この曲はね、想いは同じなのに空回りしてしまって結ばれぬ二人の恋物語なんだよ」


――お門違いだけど謙信に慰めてほしい桃。

けれど謙信にはその気がない。


涙で目は真っ赤になっているのにその理由を聞こうともしない。


ついに桃は痺れを切らした。


「話…聞いてくれる?」


「他の男のために涙を落とす女子にかける言葉なんかないよ。私はこう見えて意外と神経質なんだ。傷心の姫の心に付け入ることもしたくない。今夜は一人でお泣き」


また桃の顔が歪んだ。


「だって…寝る時はいつも…」


「三成と寝ているんだって?幸村なら嬉々として姫を受け入れると思うよ。私は駄目だよ、やめておいた方がいい」


「え…なんで?」


琵琶をつまびく手が止まった。

しばらく月を見上げて事もなげに桃に極上の笑みを振り撒いた。


「優しそうに見えるかもしれないけど、私の外見に騙されない方がいい。それでもよければ聞いてあげるよ」


「え…や、やだ…」


「だったら三成と話し合うか幸村の所へ行くといい。とにかく私は駄目だから」


また琵琶を弾きはじめ、桃が向かったのは三成と同じ寝所だった。


「殿、あのようにけしかけて良いので?」


近くに控えていた兼続が声をかけると謙信は長めの前髪をかき上げながらため息をついた。


「付け入るなんて正当じゃない。私は正面から桃姫を手に入れたいんだ。…逃した魚は大きかったかな?」


さして残念がる風でもなく盃を呷った謙信に笑いかける。


「本気の殿、燃えまするなあ!」


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