優しい手①~戦国:石田三成~【完】
桃がぐっすり眠ったのを見計らい、三成は布団から静かに抜け出すと刀を手に謙信の部屋へと向かった。


深夜だったが部屋には明かりがついていて、隣の兼続の部屋からは豪快な鼾が聞こえていた。


「謙信公」


「ああ、入っておいで」


まるで訪ねることを予期していたかのように優しげな声が響き、閉口しながら襖を開けると…

男でも色っぽく映る謙信が隣の兼続の部屋の襖に寄り掛かりながら盃を傾けていた。


「姫のことかな?」


「…如何にも」


「私はこう見えても自重してるんだよ。敵の陣の中で手の内を明かすわけにもいかないからね」


「それは俺とて同じ。桃にはしばし猶予を設けさせ、謙信公か俺か…選択してもらうことに」


「ああ、そうなの。私か君?それ以外の選択肢はないのかな」


「…それはつまり?」


「伊達か徳川か…兼続が返り討ちにしたけれど、姫を狙う者が増えたかもしれないね」


――庭に落ちていた血痕…確かに何者かが何かを探りに来たことは間違いない。


「謙信公を狙いに来たのでは?」


尋ねるとさもおかしそうに歯をこぼして笑った。


「私を?まあ狙われるのは慣れてるけど…君も私の命を狙ってみるかい?」


つい刀を握る手に力が入ったことに気付かれ、力を抜いて刀を脇に置いた。


「秀吉様の理想に仇なすことがあれば…あるいは。桃の件は正々堂々と勝負していただきたい」


「もちろんだよ。だけど越後では本領発揮させてもらうからね、姫にもそう伝えておいて」


「ご自分で伝えれば如何か」


憮然として席を立ち、座ったままの謙信が酒を注ぐと三成に差し出した。


「これに懸けて誓うよ。さあ、お飲み」


…無言で受け取り、一気に飲み干すと謙信は満足したように欠伸をした。


「兼続は寝るのが早いから話し相手が居ないんだ。時々こうして語り合えたら嬉しいんだけど」


「貴公と俺は敵同士。馴れ合いは一切無用」


笑い声を上げて小さく手を振った謙信の部屋からようやく出て、自信の漲る謙信に呑まれそうになった自身を鼓舞した。


桃が選んでくれることを願い、また小さな身体を抱きしめて眠りについた。
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