優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「桃姫…す、す…すま…」


「すま?」


プライドの高い政宗は他者に頭を下げたことがなく、謝り方を知らない。


すでにそんな政宗の性格を看破していた謙信はわざと聞こえていないふりをして耳に手をあてがう。


謙信をぎらりと睨みながら、まだ顔を上げない桃の前で膝を折って、頭を下げた。


「すまなかった。怖がらせるつもりは毛頭なかったのだ」


「…」


「姫を欲しいというのは本音ぞ。俺もまだ青い…出直す」


肩で笑う謙信をまた睨みつけて、政宗が髪をがりがりかきあげながら部屋を出て行った。


「…」


「……」


いつかの時のように、謙信はまた桃の傍らに座って背を向けたまま刀の鞘を撫でていた。


――かなり長い間桃は黙っていたが、ようやく落ち着きを取り戻して謙信の肩を指先で突いた。


「…ぁりがと…」


「え?私は別に何もしてないよ」


さらりと前髪を揺らしながら僅かに振り返って笑った謙信は綺麗で、さりげなく桃を気遣いながら天井に目を遣ってまた笑う。


「彼はまだ若いし気配りが苦手なんだ。勢いに任せてやったことだし今回だけは許してあげたらどうかな」


「でも…耳…耳、舐められちゃった…」


また半泣きになりながら訴えると、えっ、と声を上げてまた振り返っておどけた表情で桃の右耳に首を傾けた。


「姫の弱点を最初に見つけたのは私なんだけどなあ。手柄を横取りされちゃったかな」


あくまでのんびりとした口調なので、右耳を隠しながら少し謙信の肩を押した。


「もお、謙信さんったら…」


「さて、私は部屋に戻るよ。姫も三成の所に戻るといいよ」


刀を手に腰を上げた謙信に慌てて桃はまた袖を引っ張った。


「やだっ、まだ一緒に…」


「…一番安心できる男の傍に居た方がいいよ」


「謙信さん、安心できるよ?」


「ふふ、あまり嬉しい言葉じゃないなあ。前にも言ったよね、私は意外と激しい男だから油断しないように。こんな風にね」


素早く唇が重なっては離れ、驚いた顔の桃の頬を指先で撫でてそのまま出て行ってしまった。


あんな男、気にならないはずがなかった。

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