優しい手①~戦国:石田三成~【完】
朝目が覚めて最初に飛び込んできた光景は…桃の胸の谷間だった。


「…!」


すやすやと眠っている桃を小憎らしく思いながら起きないようにそっと腕枕を外し、部屋を出ると、謙信が庭を挟んだ部屋の前の縁側に座禅を組んで座っていた。


「…」


しばらくその様子を見つめていたが、瞳を閉じたまま一向に動かない。


「謙信は掴めぬ男だな」


欠伸をしながら廊下から歩いてきた政宗が顎で謙信を指す。


「ああして座っているだけだが、見ていると鳥肌が立って止まらぬ。あれが神仏の加護を得た男か」


「…俺は神仏など信じぬ」


「寺に預けられていた茶坊主の言葉とは思えんな。ああそうだ三成」


思い出したように眉を上げて気さくに肩を叩いてきた政宗は、昨晩の出来事を包み隠さずに明かした。


…無表情の三成の顔にみるみる沸いて来る感情の色が政宗をやや緊張させたが、こちらは一国一城の主。

たかが織田信長から庇護を受けている豊臣秀吉の家臣に動じる必要などない。


「そなたならわかるはずだぞ。俺たちはいつ死んでもおかしくはない。だから欲するものがあれば力ずくだ。…俺の場合だがな」


「…俺は桃の気持ちを大事にしている。泣かせる真似などなさらぬよう」


「ふん、謙信と同じことを言うか。小十郎」


重臣の名を呼ぶと、どこからか声がして君主の前で膝をついた。


「桃姫に関しては力ずくは止めた。俺を本気にさせたこと、後悔するがいいぞ」


笑い声を上げて馬屋の方に行ってしまった政宗を見送っていると、謙信がようやく動いた。

…動いたというより、陽が射しはじめた空を見上げて気持ちよさそうにひなたぼっこをしている。


「早起きだね。片目のやんちゃ坊主は何処へ?」


「馬屋へ。出かけるつもりかと」


「ああそうなの…からかって遊ぼうと思ってたんだけど…まあいいや、三成、相手してくれないかな」


「?」


意味がわからず立ち止まったままでいると、手にしていた刀を指差された。


「身体が鈍りそうだから立ち合いでもしない?もちろん真剣で」


負け知らずの上杉謙信からの申し入れに、武将としての血が騒いだ。
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