優しい手①~戦国:石田三成~【完】
すぐに暑い陽射しが容赦なく二人に降り注ぐ。


だが二人は凍りついたように動かず、間合いを計っていた。


謙信は笑みを湛えたまま鞘から刀すら抜かず、一見無防備だ。


――敵と戦う時、まるで剣舞の如く美しいことから、命を失う瞬間まで斬られたことに気付かない、と聞いたことがあった。


…物怖じしていては、呑まれる。


――三成は顔の前で横に刀を構えると、言い放った。


「龍の器、拝見!」


「ふふ、どうぞ」


――軽く地面を蹴り、一瞬にして距離を詰めると下段から上段に謙信の胴を切り裂く勢いで刀を抜き放つと、

相変わらず鞘に収まったままの刀で軽くいなされてひらりと身を翻し、


耳元でざぁっ、と音がした。

背筋を粟立たせながら屈むと、ちょうど頭の上を抜き身の刀が神懸かりな速さで薙いでいったところで、かちん、と言う音と共にまた刀身が鞘に収まる。


「速い。知謀の石田三成は万能だね」


「貴殿こそ凄まじい。やはり龍は侮れぬ」


――おかしなことが起きていた。


…まるで時間がゆっくりと流れているように見えた。


謙信の息遣い、笑みを湛えたままの口元、剣舞に付き合って踊る身体…全てがゆっくり見える。


『ゾーンに入った』


集中を最大限に研ぎ澄ましたアスリートが陥る特殊空間。


三成は謙信からそれを経験させられていた。


「“入った”ね?行くよ」


瞬間、一気に懐に潜り込んできた謙信の速さに身体の反応が追い付かず、命の危機をもゆっくりと感じた時――


「謙信さん!?やめて!!」


桃の高い叫び声で二人が我に返る。


…寝所の入り口では起きたての様子の桃が口元を押さえながら立っていた。


「何してるの…?今…殺そうとしたの?」


すでに“ゾーン”から脱した二人は…いや、三成の身体は全身汗に濡れていた。


「三成、楽しかったよ。また相手してくれるかな?」


汗もかかずに余裕たっぷりな謙信がぽい、と刀を縁側に投げて大きく伸びをした。


心配そうに見上げてくる桃に笑いかけてやることすらできず、三成は謙信に寒気を感じていた。
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