優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「み、三成様…」


――井戸の前で三成が桃を抱き上げながら口づけをしている様を出歯亀状態の大山が台所から目撃してしまっていた。


あの…あの石田三成が…

女子に全く興味を示さなかった石田三成が!


「は、激しいのぅ…」


出るに出られず、もちろん声もかけられず目も離せずに見つめていると、


ようやく三成が桃を下ろして二人はしばらく見つめ合い、桃が口元を押さえながら小走りに去って行った。


それを、濡れた髪をかき上げながら見送っていた三成が台所からこっそり盗み見していた大山に気付き…一気に顔を真っ赤にして猛然と自室に戻って行く。


蝉の鳴き声が激しく鳴り響く緑陰――


三成が桃に対して本気だと認めた大山は、にやりと笑って少し伸びた顎鬚を撫でた。


「よし…三成様、拙者にお任せを!」


――その頃縁側に刀を投げ出したまま、馬屋に行ってクロを眺めていた謙信の前に兼続が息せき切って走り込んできた。


「殿ーっ!三成と勝負したとは真でございますか!?」


一心に謙信から見つめられっぱなしのクロは、この読めない男の前で暴れてやろうか様子を窺っていたが…


柵を乗り越えてきて鬣に触れてきた謙信の手から伝わる静かなる圧に、そんな考えが消え失せる。


「姫に止められちゃって、三成に出し抜かれちゃった」


またもやさして残念そうでもなくクロの鼻面を撫でながら柔和な笑みを浮かべた主君に豪胆な兼続が大きな笑い声を上げる。


「殿、三成を侮ってはなりませぬ!間違って刃に触れると越後の龍と言えどただでは済みませぬ」


「うん、私もそう思うんだけど…まだ本調子が出なくてさ。越後に戻ればまあ、本気になると思うよ」


――すっかり大人しくなったクロに轡を噛ませると手綱を付けて、出かける準備を始めた謙信に随行しようと隣の馬に兼続が乗る。


出かけるのだと悟ったクロが、主と桃しか乗せない気位の高い軍馬なのにやすやすと謙信を乗せた。


「姫は私の天女なのだから、羽衣も誰にも脱がせはしない」


少しやる気を見せた謙信が細身ながらも力強く掛け声をかけて屋敷を後にする。


幸村が二人を見送りながら首を傾げていた。
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