優しい手①~戦国:石田三成~【完】
桃は小さなリュックを背負って庭に飛び出た。


「楽しみーっ!あれ?クロちゃん、乗せてる人違わない?」


桃に咎められ、桃に乗ってもらうためにクロがじたばたと暴れだし、謙信は余裕の体でひらりと飛び降りると馬上の兼続を引きずり下ろした。


「殿っ、何をなさいます!」


「馬が足りないから兼続は留守番ね。随行は幸村のみ許す。姫は三成とこの馬に乗るといいよ」


悔しがる風でもなく三成との二人乗りを勧められて、

先程のキスの余韻がまだ残っているまま桃がクロに近寄ると、乗りやすいように首を下げたクロに飛び乗った。


「何を緊張している?」


ひそ、と背後から三成に囁かれ、一人だけ浮足立っているようで恥ずかしくなった桃は精一杯意地を張った。


「そんなことないもんっ。三成さんこそ泳げなかったら教えてあげてもいいよ」


「俺は泳がぬ。敵だらけだからな」


桃の後ろに騎乗すると、謙信が先行して馬を走らせた。


「一斉に出ると目立つから時間差でおいで。あの山の麓で会おう」


軽やかに髪をなびかせながらあっという間に居なくなった謙信の後を政宗がむきになって追った。


「あの男だけには負けぬぞ!」


続いて飛び出して行った政宗をクロが自然に走り出して追いかける。


三成の屋敷は町の外れの山の麓にあり、元々人の気配もないのだが、特に眼帯姿の政宗は目立つため、手綱を絞ってやや距離を置く。


「早く泳ぎたいなー、三成さんも泳げばいいのにー」


さりげなく誘ったのだが、理知的な三成は越後と奥州の覇者を侮ってはいない。

桃の腰を抱きつつ手綱を握り、地の利を探っていた謙信に舌を巻いた。


「謙信や政宗が居なかったら泳いでもいいが…今宵二人でまた訪れるならば、喜んで泳ぐぞ」


誘惑してくる三成はいつもこういう時だけ声のトーンを下げる。


クロの蹄の音にも負けないそのセクシーボイスにぞくぞくさせられながら手綱を握る手の甲をつねった。


「やらしいことするつもりでしょっ?」


「何もせぬのは失礼というもの」


…鼻血が出そうな思いになりながらもなんとか平静を装う桃に三成は心から笑った。

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