優しい手①~戦国:石田三成~【完】
時を同じくして三成の屋敷では政宗が謙信の部屋を訪れていた。


「少しいいか?」


「あれ?珍しいね、君が私の部屋を訪ねてくるなんて。小十郎は?」


明日出立なのに微塵も焦りを見せずに障子に寄りかかって本を読んでいた謙信が顔を上げて笑った。


政宗は…眼帯を指でかきながら乱暴に謙信の前に座り、昨夜の出来事を振り返る。


「人払いしてある。…俺の城に、桃の親御のものと思しき石がある。…その……あれだ。あー…、えー…」


「何なの、返したくない、とか言うつもりなの?」


図星を突かれて唇を尖らせた政宗が俯くと、読みかけの本を膝に置いて麗しい優男な美貌をとぼけた風にして見せて空を仰ぐ。


「うん、わかるよ。私も同じ立場だったら、同じことを考えていたかもしれない」


「!そ、そうか。ならば俺はどうすれば…」


「桃姫自身がこちらへ残る決意をするのならばともかく、そうでない場合は…帰してあげないといけない。君が持っている石もね」


「貴公はそれで満足できるのか?毘沙門天の啓示なのだろう?」


詰め寄る政宗に謙信は少し考えるようにしてまた空を見て首を振った。


「もし桃姫が私を選ばなかった場合、私には天の采配がなかったということ。きっとそれで私は諦めがつくから」


…そう言いつつもどこか自信ありげな謙信に対して、政宗はいつも憧憬を抱いていた。


無敗の男。


それだけで憧れるのに、常に謙信は根拠のない自信は持たない。


きっと自分が窮地に追いやられた時…救いの手を差し伸べれば、この男は敵であっても助けてくれるのだろう。


「そうか。危うく卑怯な男になるところだった。道中共に旅はするが俺は一度奥州へ戻り、石を持って越後へ赴く。手厚くこの大龍を出迎えるがよい」


「君はまだ蜥蜴程度でしかない。大龍になりたければいつか私を打ち倒し、ひれ伏してみせなさい。…ああ、なんかお腹空いてきちゃった。何か食べに行こうか」


緊迫した会話をしていたはずなのに、茫洋とそう呟いては腰を上げた謙信にまるで尾を振り回す犬のような勢いで政宗も立ち上がると後を追う。


敵であっても憧れる。


その象徴の男だった。
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