優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「……近い」


食事の後片付けも終えて自室にて秀吉を天下一にすべく策を練っていた三成のすぐ隣で桃は膝を抱えて座っていた。


「もしかして邪魔?…じゃあ少し離れてるね」


安心したのも束の間。

桃がほんの少しだけ後ろに下がって座り直したのを見て、三成は筆を置くとため息をつく。


「…その…気が散るのだ。少し離れて…」


「秀吉さんってどんな人?三成さんは秀吉さんのこと大好きなんでしょ?」


――普段鉄壁の高尚さで馴れ合うことを嫌う三成は、秀吉の話題になるとあっさりその仮面を脱ぎ捨てた。


「あの方は天下を極めるべく星の下にお生まれになった方。織田信長公にお仕えし、戦上手で出世を重ねた苦労人であらせられる。あの方のためならば死んでもいい」


雄弁に語る三成の瞳は覇気に溢れ、この人物がいずれ関ヶ原の戦いを起こし、悪人として名を遺すことになったことを桃は信じられない思いで聞いていた。


「そっか、安心してね、秀吉さんは天下一に…あっこれ言っちゃいけないのかな」


またもや聞き捨てならない桃の独り言は三成を激しく高ぶらせた。


「桃、それは誠か!?」


「み、三成さん…痛いよ…」


――はっとなった。


三成は桃の肩を揺すって真意を問い質そうとにじり寄っていたのだ。


「す、すまぬ。…そなたと居ると調子が狂ってしまう」


少し赤くなった桃の顔にまた三成は気が動転しそうになって、筆を取りながら何となしに言ってみせた。


「大山が風呂に入れと言っていたから入ってきなさい」


「え…1人で?」


半紙に書いた字がぶれて机にまで墨汁が飛び散った。


「あっ」


「い、いいから行きなさい。…無論1人で入るのだぞ」


渋々といった感じで頷いた桃に女子としての何たるかをがみがみと言ってやりたかったが、半紙を丸めて頭を抱えた。


「三成…お前に節操というものはないのか?」


自身に言い聞かせる。


桃はどこか自分の調子を狂わせ、困らせる。


だが同時に可愛いとも思ってしまっている。


「桃の存在は知られてはならない。敵方から隠さなくては」


――庇護欲が日々募る。
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