優しい手①~戦国:石田三成~【完】
桃のさらに前方を走っていた幸村は馬上で立ち止まり、槍についた血糊を風の音と共に払い飛ばした。


「もう出て来たか。軒猿、まだ近辺に居そうか?」


「いえ、今は居りませぬ。…幸村殿」


軒猿の気配が去り、蹄の音と共にやって来たのは桃だった。


「幸村さん、大丈夫?」


「はっ、心配ご無用です!桃姫、そろそろ尾張を抜けまする。我らがお守りいたしますが、何卒ご注意を」


「うん、ありがとう」


――油断なく近辺を鋭い目つきで見回していると、じっと見つめられている気配がしたので桃を見ると…


何故かきらきらとした瞳で、熱く見つめられていた。


途端に緊張感が緩み、頬を赤くしながらおたおたしていると、さらに桃は幸村が卒倒するようなことを明るい笑顔と共に言ってのけた。


「槍の名手だっていうのは聞いてたけど…馬に乗ってるのも似合うし、槍も似合うし…好きになっちゃいそ!」


真に受けたかのようにさらに顔が赤くなり、それを隠すために掛け声と共に馬を先に走らせた。


「先に行きます!姫はどうか三成殿か殿のお傍に!」


「おい、俺の名がないのはどういうことだ?」


政宗が不満げに返したが、振り返りもせずに走り去り、そこではじめて隣に三成が来ていたことに気が付いた。


「三成さん…」


「もうすぐ山を抜ける。隠れる場所もなく危険が増える故、俺たちの間に居てくれ」


「あ、はい…」


――目を見て話せない。

それもこれも、謙信や茶々の顔がちらついて離れないからだ。


「桃?」


「え?!あ、なに?」


「…いや、何でもない」


ふい、と顔を逸らした三成に、胸が締め付けられた。


…自分から三成を避けるような態度を取ったのに、三成にそうされると、とてもつらくて…悲しい。


「姫、右側は見ずにそのまま走り抜けて。絶対に見ちゃ駄目だよ」


「え?う、うん」


後方に居た謙信から注意を促され、右側の林を見ることなくクロを走らせた。


「多いなあ。この分だと何人の命を奪うことになるのやら…」


呟き、刀を鞘に収めた。


あの狸をそそのかしている何者かが、居る。
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