優しい手①~戦国:石田三成~【完】
仲間のために単身単騎で城へ攻め込み、そして無傷のまま仲間を救出し、敵城を落城させた――


――兜も被らず鎧も着ず、謙信が為した武勇伝のひとつだ。


元々智謀の類に才の長けた男で、もし天下取りに興味があり、秀吉に向かってくる男だったら…

今が絶好の機会だったに違いない。


「私を今手にかけておけば秀吉公が楽になる…。そんなことを考えているね?」


「!」


頭の中を読み取られて口ごもると、長い腕で湯を凪いで心底温泉を楽しんでいるようにしながらもその表情はきりりとしていて、辺りに気を配っているのが見受けられる。


「私の死期は桃姫だけが知っている。三成や政宗も同じだ。だけど生きている限り、もし桃姫を天下取りのための道具にするつもりなら、私は戦うよ」


――優しげな顔に騙されて油断すると、深い傷を負ってしまう――

謙信は政宗と三成に激しくそういった印象を植え付け、


「…先に上がる」


その大きな存在感に呑まれそうになった三成が先に湯から上がり、浴衣を着ながら、

“本気の上杉謙信と戦って果たして勝てるのだろうか?”と己と自問して…結局答えは出ずじまいで部屋へと戻る。


十畳ほどの部屋には小十郎と兼続が真剣な顔をして囲碁をしていて、そして幸村がすやすやと眠っている桃に団扇で風を送ってやっていた。


「お早いですね」


「ああ…少々色々あってな」


何となく察しがついたのか、幸村はそれ以上追及してくることもなく、桃の枕元に腰かけて掛け布団をかけ直してやる。


気配に気づいたのか、桃がゆっくりと目を開いた。


「三成さん…?なんか私、疲れちゃって…」


「酒のせいもあるだろうが…まだ寝てていいぞ、明日も早いからな」


「うん…。ねえ、手…握っていい?」


…すぐ横に幸村が居るにも関わらず甘えた声でねだってきて、気恥ずかしい思いになりながらも小さな手を握った。


「やっぱ三成さんの手が一番好きだなあ…。ん………」


――また眠りに落ちてゆく。


小十郎も兼続も、いつかは主君の正室になる女子だと信じ、優しく労わる瞳で桃を見つめた。


――必ず守ってみせる。


皆が、心の中でそう呟く。
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