優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「夜叉姫様だ…」


「あの方が謙信公の…」


――その人々の声は桃の耳にも届いていて後半の部分はともかく“夜叉姫”という響きに、桃は謙信に馬を寄せて聞いてみた。


「夜叉姫って…やっぱ私のことだよね…?」


「好きに呼ばせてあげるといいよ。字をつけられるのは愛されている証拠だからね」


川辺にある長屋…城下町の外れにその家は存在するという。

何だか不機嫌な三成にどう声をかければいいか桃は悩んでいたが、

思い立って急にクロの背中で立ち上がって三成を驚かせると、肩に手を添えてバランスを取りながら後ろに乗り、細く引き締まった腰に腕を回した。


「どうして怒ってるの?」


「…わからなければそれでいい。自分で考えろ」


「自分で考えてもわからないから聞いてるんでしょー?ねえどうして?」


「…」


それでも教えてくれない三成の背中にぎゅっと抱き着いて密着し、耳元で囁きかけた。


「ねえ、教えて?」


「……そなたが、俺に嘘をついたからだ」


「っ!」


ぎくっとなった桃の腕が痙攣するように引きつると、

そんな2人の会話に興味も示さない謙信がなおついて来る民に微笑みかけたり手を振ったりするのを見つめながら声色を下げた。


「…元々俺にはそなたを束縛する資格もなければ、選ぶのはそなただ。態度が悪いのは…正直に謙信と寝たことを言わなかったからだ」


「…ごめん、なさい…」


――何故あの時正直に言わなかったのか。

言っていれば、三成を怒らせることもなかったし、こんな冷たい態度を取られることもなかったのに――


「ごめんなさい…」


「何度も謝るな。それに謙信とどうこうなったとか、そういうことは聞きたくない。親御も見つかりそうだし、尾張へ戻るのか越後に残るのか…そろそろ決め時だぞ」


「…」


黙っていると、左手で手綱を握り、右手で腰に腕を回した手に優しく触れてきた。


「俺も後悔しない。だからそなたも後悔するな。この時代に残っていれば、まためぐり合うこともあるだろう。…敵同士にはなるが、元の時代に戻っていくよりはそっちの方がいい」


「…三成さん…」


狂おしい――
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