優しい手①~戦国:石田三成~【完】
――桃の両親は恐らく…


織田か徳川に拉致されたのだ、と。


だがそれを口に出してしまっては、ただでさえ意気消沈している桃がさらに落ち込んでしまう。


…しかもさっきは三成と少しもめていた節があり、それにも気づいていたが…


「桃、こっちにおいで」


普段は平静を装っていたが、実は誰よりも負けず嫌いだ。


戦はもちろんのこと、今回は毘沙門天が直接啓示を下し、そして尾張まで迎えに行った女子。


…一足先に三成に先を越されてしまったが、それでも揺らがない。


“桃が最後に選ぶのは私だ”と――


クロから降りて大人しく手を差し伸べてきた桃を上体を傾けて引っ張り上げると、長い前髪のせいで表情は隠れていたが…ぽとりと涙が零れたのは、見えた。


「・・・桃の親御は悟っていたんだろうね。いずれ自分たちの身に何かが起こるかもしれないということを」


「………わかんない…」


そう振り絞るのがやっとで、視線を感じて左へ目を遣ると…


三成がいつもの無表情をかなぐり捨てて、とてもせつなそうな顔をしていた。


――謙信にももう軽口を叩く余裕が無い。


これは、戦の前触れだ。


この前信玄を倒したばかりなのに、次は強国尾張か、はたまた三河か――


秋の気配が近付きつつある風を受けながら、謙信がそっと腰に手を回すと耳元でそれを告げる。



「君のためなら何でもできると前に言ったことを覚えてる?」


「…うん」


「もし親御が捕らわれているのなら・・・私が奪い返してあげるよ。だからそんな顔をしないで」


「…え?」


ようやく顔を上げた桃の大きな黒瞳が黒曜石のように輝いたが…また俯いて、消え入るような声で呟く。


「…駄目だよ。歴史がまた…」


「君がこの時代へ来た時点ですでに死んでいたはずの信長は生きているし、さらに生きていたはずの信玄は死んだ。これ以上狂ったって君のせいじゃない。さあ、早く城へ帰って手紙の内容を教えておくれ」


「……謙信さん・…ありがとう」


「ううん、これは私のためでもあるからね。私だけの姫君になってもらうために戦うんだよ」


――柔和な美貌に決意の色。
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