優しい手①~戦国:石田三成~【完】
互いに黙ったまま見つめ合っていると…突然秀吉が割って入って来て桃の前で中腰になるとしげしげと顔を眺めた。


「ほおー、こんなに可愛らしいとは思わなんだ」


――秀吉は無類の女好きとして有名で、桃の横に座って微笑むばかりの茶々のことも半ば無理矢理に側室として迎え入れられた経緯がある。


三成はそれを危惧して口を開きかけた。


「桃…」


「桃と言うのかー、名もまた可愛いのう」


親しげに話しかけてくる秀吉につられて何か話そうとした時――

三成が小さく首を振ったので、桃はまた貝のように口を閉じた。


そんな桃を歯痒く思ったのか、秀吉が鼻の下を伸ばしながら桃の頬に触れようとした時――


「秀吉様!」


茶々も秀吉も、そして桃も三成の大音上に驚いて首を竦ませた。


一人冷静なのは三成だけだ。


「この女子は私にお任せ下さい。本来私の縁の者ですので」


「そっそうか、では儂は戻るとするかのう」


叱られてそそくさと退散して行った後桃はようやく膝をついたままずりずりと三成に近付いた。


「三成さん、あのね、なんでここに居るのかわかんないの…。それでね」


「わたくしの使用人が町で驚かせてしまったのでこちらにお連れしたのです。…三成」


――親しげに名を呼んだその声に含まれた何かを桃はこの時感じ取ることができなかったが、


目の前の変貌した桃から目を離さずに三成は深々と頭を下げた。


「大変ご迷惑をおかけした。桃はすぐに連れ帰ります故平ににご容赦を」


「…三成…」


そこでようやく桃が茶々を振り返る。

とびきりの美人で、優しそうで良い香りのするところが一番上の姉に似ていた。


「…失礼。桃、行くぞ」


「あ、はい…」


慣れない着物もあってかよろめいた桃の小さな身体を三成が受け止めた。


すっぽりと胸の中に収まった桃を間近に見た三成は…また言葉を失ってしまっていた。


「三成さん?」


「…何でもない!行くぞ」


手を取り、乱暴に歩き出した三成に引きずられるようにして部屋から二人が消えた後…茶々が呟いた。


「三成…」


切なさを込めて。
< 36 / 671 >

この作品をシェア

pagetop