優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「三成様…!」


男泣きする大山に笑いかけたが、傷が引きつって顔をしかめる。


「お帰りになったと思ったらこんな大けがを…!三成様、屋敷に戻りましょう、拙者が看病いたします故!」


――その時幸村は呆然としていた。


…三成が、桃のことを覚えていない。


それを利休からひそりと耳打ちされて知らされた幸村は畳に拳を突いて、上体を三成に傾けた。


「三成殿…本当に桃姫のことをお忘れなのですか…!?」


「桃…桃…、桃………わからぬ…思い出せぬ…っ」


桃の名が引っかかっているのは確かだが、それが何者で自身とどう関係があるのか…全く思い出せずにいる。


眉根を絞って必死の形相でまた桃の名を三成に繰り返し繰り返し言い聞かせる。


「このまま桃姫が謙信公のご正室になられても良いのですか!?あなたはあんなにも桃姫を愛していたではありませんか!」


「…俺が…桃、姫を…!?」


「幸村…その話は本当なのですか!?桃姫が、謙信公の正室に…!?」


茶々が驚いたように声を上げて、両手で口元を覆った。


比類なき軍神上杉謙信――


その容貌は美しく、その姿は神々しく、

立ち振る舞いは柔和で、毘沙門天に愛された男――


その謙信に…?


「桃姫の親御を捜すため、三成殿と殿…謙信公は越後へと出向き、お2人が桃姫を巡って火花を散らしておられました。三成殿…本当に、桃姫を…!?」


「俺は、何も覚えておらぬ…!」


頭を抱えて唸り声を上げた三成の前に、利休がすっと湯呑を差し出した。


「興奮しては傷に障ります。ここは三成殿をお一人にさせてやりましょう」


茶々も涙を拭いながら立ち上がる。


「絶対に忘れてはならない女子なのですよ。三成…何としても思い出しなさい。いいですね?」


「…はい」


幸村から薬湯を呑まされて、身体を横たえた三成は、“桃姫”という知らぬ女子を想い、瞳を閉じた。


「桃…俺が愛した女子…?俺が…女子を…?」


知らないはずなのに、知っている気がした。


知っているはずなのに、知らない自分にいらだちが募る。


「桃…」


また呟いた。
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