優しい手①~戦国:石田三成~【完】
それから起きている時間が少しずつ長くなり、三成の顔色は日増しに良くなっていた。


だが…表情は日増しに冴えなくなり、曇ってゆく。


「…辛気臭い顔をしとるのう」


「!秀吉様…」


「よいよい、そのまま寝ておれ。のう三成、傷が癒えたら一度越後へ行って来い。謙信公にお会いし、桃姫と会って話をして来い」


「また…桃姫の話ですか」


大山に支えてもらいながら身体を起こし、幸村に温かい茶の入った湯呑を手渡されて少し飲むと、秀吉は傍らに座って顎髭を撫でた。


「儂らが口出しできることではないから何も言わぬが…桃姫は…とてもとても、可愛らしいぞ」


「…可愛らしい?」


少し眉を上げて反応した三成がおかしくて、隅に控えていた茶々がくすりと笑う。


「ほんにあのような可愛らしい姫君は居りません。三成…あんな可憐な桃姫を忘れるとは…罰当たりですよ」


「…大山、そなたも会ったことが…?」


本当に桃のことを忘れてしまっている三成を叱り飛ばしたかったが、膝の上の拳を見つめながら大山は頷いた。


「ええ。桃は…桃姫は突然池の中から現れたのです。三成様が保護し、時間を共に過ごすうちに…その…愛するように…」


「…何も覚えておらぬ。俺は…どうかしてしまったのか?」


「越後へ行けばわかる。幸いものすごい勢いで回復しておるから2か月もすれば越後へ発てるじゃろう。それまで養生しておけ」


「…はい」


そう言ってはまた眠気が襲ってきて、三成は身体を横たえた。


――先ほどから幸村が全く喋らない。

それがとても気になっていて、固い表情の幸村に話しかける。


「幸村…何か言いたそうな顔をしているが、なんだ?」


「…拙者は…桃姫を愛しく想っています」


「…!」


「秀吉様に文を渡した後越後へ戻り、桃姫にこの想いを伝えるつもりでしたが…やめておきます。数か月も時を挟めば、桃姫は殿の正室に…」


謙信がどう出るか――全てはそれにかかっている。


――柔和で温厚な男だが、1度決めたことは何としてもやり遂げる頑固な一面を持っている。


ましてや喉から手が出るほど桃を欲しているのに――
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