優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「謙信様…」


自室で饅頭を食べながら寛いでいた謙信を訪れたのは、桃ではなく…清野だった。


「なに?どうしたの?」


口をもごもごさせながら見つめられて、決心してここに来たのに…また言えなくなってしまった。


「…いえ…何でもありません」


「私は今宵桃と夜伽をするから、朝まで来なくていいよ」


「…!」


――かつて敵同士だった時1度だけ謙信に抱かれ、

それ以来謙信の虜と成り果てていた清野にとっては衝撃の何物でもなく、ただただ唇を震わせて俯き、耐えていると…


「そのつもりでここに来たんでしょ?私はもう君を抱くことは生涯ない。それにあれは仕置きだったから、“抱いた”っていうのもおかしいし」


「…私は…あなた様に焦がれたままでございます…」


――心をこめてそう呼びかけたが…謙信は肩を竦めただけだった。


その柔和で秀麗な美貌は…どこか遠くを見るような瞳をしていた。


「私は桃だけしか愛していない。君がどれほど努力をしたって無駄だ。そして桃に手をかけるつもりなら、私が斬る。もしかしてそれが本望なの?」


「…っ、ち、違います!私は桃姫様に手など上げません!」


「ああそうなの?じゃあそれを信じてるよ」


――意気消沈したまま部屋を出る。


“もう1度だけ、抱いて下さい”


ここ3か月もの間、ずっとそう言おうと思っていた。

そうしてくれたら今後、謙信が天下に名乗りを挙げた時、謙信の為に戦い、謙信の為に死ぬことも喜びと感じれただろうに――


「私は桃姫様を羨んでばかり…」


出会った時からそうだった。

羨ましくて羨ましくて…


謙信を一目見た時すでに心を奪われていたことも認めたくなくて、本当は桃を攫うことに躊躇していたことも事実で…


「私は…忍び失格だわ」


「あ、清野さんだ」


たっと駆けてきて手を握ってきた桃はもういつもの桃で、清野は片膝をついて笑顔を作り、笑いかけた。


「今宵は謙信様と夜伽だとか。…謙信様がお待ちしておりますよ」


「…う、うん…」


清野が謙信を想っていることを知っている桃は複雑な表情を浮かべながら…中へと入った。
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