優しい手①~戦国:石田三成~【完】
朝っぱらから珍しく上座に大人しく座っている謙信を見かけた景勝が腰を屈め、顔を覗き込むようにしながら近付いた。


「私が朝からここにいるとおかしいかな?」


「…いえ。昨晩は…桃姫とご一緒だったのでは?」


「うん、ようやく夜伽をね」


寡黙で勤勉な景勝の顔を少し赤くさせることに成功した謙信は手招きをして景勝を呼び寄せると、次いで入って来た兼続をも呼び寄せて、笑った。


「桃を私の正室に迎える。祝言はささやかなものにするけど、越後の民には触れを出して。桃からはもう了承を得てるから」


最初2人は何を言っているのかわからずに顔を見合わせたが…みるみる顔が綻び、兼続が喜びを爆発させた。


「殿!つ、ついにご正室を!」


「うん。三成には悪いけど、桃をあのままにさせておくわけにはいかないんだ。私も案外底が浅くてね」


のんびりと欠伸をしている謙信に対し、2人は興奮冷めやらぬ表情で、兼続が勇んで立ち上がると大声で城内を駆け巡り、触れ回った。


「殿がご正室をお迎えになられる!皆、上座に集え!」


「殿が!?」


「これで越後も安泰ぞ!」


次々に雄々しい鬨の声を上げ、大広間に集まって来る。


「仰々しいなあ」


「殿、こうしては居られませぬぞ!拙者は桃姫をお呼びして来ます故!」


「あ、もうちょっと待ってあげて」


――静かにそう告げて、静かに瞳を閉じた。


「今桃は三成に最後の別れをしているところだから。自らここに来るまで部屋に近付いちゃ駄目だ。いいね?」


「はっ、畏まりました!」


柔和な笑みが再び戻り、重臣たちが続々と集まってきて、皆一様に謙信を見つめて瞳を輝かせる。


「私が正室に迎えることがそんなに嬉しい?」


「もちろんでございます!殿、やはり桃姫はあなた様にとってかけがえのないお方となりましたな。御子が誕生したらまずはこの兼続がこの腕に!」


「兼続うるさい。さ、皆で久々に朝餉を摂ろうか。準備をさせて」


――謙信が桃を正室に――


清野は襖の陰からそれを聞いていて、唇を噛み締めた。


…いつかはそうなる。


わかっていても、つらかった。
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