優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「桃姫が…謙信の正室に?」


――桃のことを“桃姫”と呼んだことに兼続はすぐ気が付いた。


「三成…?そなた、どうした?」


「何がだ?それより兼続、桃姫は俺と親密だったのでは?何故謙信の正室になるのだ?」


幸村が痛々しげに瞳を伏せる。

真摯な表情で問うてくる三成が冗談を言っているようにも見えずに、再び袖を掴む。


「そなた…記憶がないのか…?」


「どうやらそうらしい。桃姫のことだけが思い出せぬ」


「三成…!」


袖を掴む手にぎゅっと力を込めて、兼続が三成の肩に顔を押し付けた。


「…なんと哀れな…!」


「桃姫に会いたい。せめて会って、確かめたい」


本当に心から愛していたのか。


なぜそんな姫を忘れることができるのか…


「…来い。修羅場になることを覚悟せよ」


「…ああ」


坂を上り、正門の前に着いた時、そこには――


「三成さん………っ!」


悲鳴のような声。


目を遣ると、城の入り口には…南蛮渡来のものらしき服を着た女子が、謙信と共に立っていた。



「…桃、姫………?」



桃もすぐに気が付いた。


――目の前の三成が、他人を見るような瞳で自分を見ている。


“三成と幸村が戻って来た”


その報を聞いて信じられない思いでここまで駆けてきて、けれど三成の顔は…動揺しているかのようにして馬から降りる。


「よく戻ってきたね。待っていたよ」


「三成殿の治癒に時間をかけておりました。尾張の秀吉公がお匿い下さったのです」


「そうなの。で、三成…君はさっきから様子がおかしいけど、どうしたの?」


――謙信の顔から笑顔が消えていた。


桃はずっと謙信の着物の袖を握っていて離さない。



「俺には…桃姫だけの記憶がない。だからここまで会いに来た。そなたが…桃姫なのか?」


「っ、三成さん…!」



耐えられない。


忘れられたことに、耐えられない――


――桃が身を翻して城内に駆け戻る。


「!桃、姫…!」


「…入りなさい。話を聞こう」


三成は唇を噛み締めた。
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