優しい手①~戦国:石田三成~【完】
大広間に三成を通し、一通りの事情を聞いた後、謙信は長いため息をついた。


「それは苦労をしたね。で、清正も正則ももう処刑を?」


「はっ。拙者が二人を斬りました。殿、ご報告が遅れまして申し訳ございませぬ」


「いいんだよ、気にせずに。…だけど三成は…いただけないね」


声色が下がる。

無敗の軍神上杉謙信からの視線を一身に受け、三成の額からは汗が流れた。


「斬られたことが理由で高熱に苛まれたとしても、桃だけを忘れた?綺麗さっぱり?顔も声も思い出せなかったって本当なの?」


「…桃姫に会っても思い出せぬ。だが…」


――桃を見た途端、胸をかきむしるような熱が一瞬身体を襲った。


それでも、それ以上を感じ取ることができなくて動揺していた時…桃は逃げ出すように城内に戻って行ってしまい、今も顔を出してくれない。


――謙信が刀の鞘に手をかけた。


「殿!?」


「桃は最初君の手を選んだ。君と夜伽をして、帰って来たら祝言を挙げよう、と。そう言っていたのに…忘れただって?」


ぶわっと殺気が吹き出す。

思わず三成も鞘を握り、腰を浮かせたが…


「殿!三成!桃姫が悲しみます故、ごうかご辛抱を!」


「!」


はっと我に返り、2人は鞘から手を離した。


「…思い出せぬのだ。だが時をかければきっと…」


「桃は私の正室になると決心したのだから、君が記憶を取り戻しても無駄だ。君の用はもう済んだんだから尾張に戻っていいよ。もうここに思い残すことはないでしょ?」


瞳を伏せて深呼吸をし、冷静さを取り戻した謙信は額に手をあてて少し唸った。


「まさか君がこんなことになるとは…。桃が可哀そうだ、このまま現れなければよかったのに」


「…謙信公、桃姫に会わせてくれ。…納得がいかぬ」


――尾張には戻らない。


桃とちゃんと話をして、どんな思いでその手を離して関が原へ向かったのか――


それを知るまでは、絶対に帰らない。


「…いいよ、会っておいで。だけど泣かせると…ひどい目に遭わせるからね」


「…かたじけない」


腰を上げ、知らないはずの桃の部屋を目指して脚が勝手に突き進んだ。
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