優しい手①~戦国:石田三成~【完】
脚が勝手に動く。

…まるで通い慣れているかのように階段を上がり、長い廊下を歩き、だんだん人影がなくなってきて、三成の脚が止まった。


「…ここ、か…」


記憶はなくとも、身体が覚えている。

襖の奥は物音ひとつせず、その場に片膝をついて座ると、数分かけて、ようやく発した。


「桃姫、入ってもよろしいか」


「…………どうぞ…」


か細い声――悲痛にまみれて、聴いているだけで三成の眉根がきつく絞られる。


――ゆっくりと襖を開けると、こちらに背を向けて、座ったまま窓から差し込む光を見上げていた。


…こちらを見ようとしない。



「桃姫…私は…あなたと…」


「三成さんは…関が原で死んだの」


「…私はここに居ります」


「ううん、死んだの。でないと…私のことを忘れたりなんか………、ぅ、っく……っ」



嗚咽が漏れた。


「も、出てって…。お願い…出て行って…!」


「桃姫、私はあなた様を愛しく想っていたはずだ。それだけは、わかる」


「っ」


近付こうとすると、悲鳴のような声で拒絶してきた。


「やだ、来ないで!あなたは三成さんじゃない!何しに来たの、謙信さんを選んだ私を責めに来たの!?」


「違う!桃姫、今の私にはあなたの記憶がない!だが…わかるんだ。あなたは、俺が1番大切と想っていた女子。俺は、どうすれば…っ」


――涙に濡れた桃の大きな黒瞳…見覚えがある。


話せば話すほどにいつもの冷静な自分ではいられなくて、桃の細い両肩を掴んで小さく揺らした。


「謙信公の正室になるとか。誠か?俺が…帰って来なかったから…!?」


「待ってても無駄だって…三成さんは死んだんだってみんな言ってた!だから私…三成さんの言う通りにしただけなのに!」


嗚咽を漏らしながらバッグに手を伸ばし、一番底に隠してあった三成からの手紙を胸に押し付けた。

その手紙を開いて、その字が自分のものであることを知り、片手で口元を押さえる。


「これは…」


「帰って来なかったら謙信さんの正室に、って書いてあるでしょ!?だから私…っ」


――身体が勝手に動き、桃を強く抱きしめた。
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