優しい手①~戦国:石田三成~【完】
三成が越後に残る――


桃にとってはそれは耐えがたくつらいことで、“それはいやだ”と口を開きかけた時…


「…俺が秀吉様の使者として祝言に参加させて頂く。もう桃姫のお心を煩わせないように尽力する」


「そう?それならいいんだけど。桃はどうする?やっぱりいや?」


謙信に問われ、見つめ合うと背中を叩いてきたと思ったら、わき腹をくすぐられた。


「ちょ、あははっ、謙信さ、やめて!」


「三成は君とのことを過去にするらしい。君はそれができる?できるのなら祝言を挙げよう。できないのなら私は…」


――このままではいられない。

三成が越後に留まるのならば、逃げ続けることはできない。


もう自分のことなど覚えていないのだから、三成は関が原で死んだものと思って接しよう。


謙信が…幸せにしてくれるはずだから、すぐに忘れることができるだろう。


――桃は膝から降りて傍らに正座し、はじめて三成と向き合った。


「はじめまして、桃です」


「…」


「本当は尾張に居たんだけど、これからはここで暮らしていきます。みつ…なりさん?よろしくお願いします」


――他人行儀にされて、また三成の胸が痛んだ。


“はじめて”ではない。

むしろ会いたくて会いたくて、ここまで駆けてきたのに…かつて気が狂うほどに焦がれた桃は謙信に嫁ぐ。


猛烈な嫉妬が競り上がって来るのを抑えながら、頭を下げた。


「…不肖ながら尽力いたします。俺の魂を賭けて、あなたを守る」


「…へ、平気だよ、私は強いから。ね、謙信さんっ」


「…そうだね。桃、私は利休殿と少し話があるから三成か幸村を護衛につけて散歩でもしてきたら?」


幸村が顔を輝かせて腰を上げたが、それを三成が制した。


「俺が」


「じゃあ…お庭でも歩いてくるね!」


…桃の顔が赤くなっていることに誰もが気付いていた。


まだ忘れられない男。


記憶を失っていても、完全に忘れることができない男。


――それが謙信の闘争心に火をつける。


「全く…また私を本気にさせるつもりだね」


利休が瞳を伏せ、兼続と幸村が膝の上で拳を握った。
< 434 / 671 >

この作品をシェア

pagetop