優しい手①~戦国:石田三成~【完】
最初は後ろを歩いていた三成が、隣に並んできた。


右横の遥か上を見上げると…目が合って、はにかんできた。


「ふふ」


「?何が…おかしい?」


「三成さんだけど、三成さんじゃない。や、違うかな。三成さんじゃないけど、三成さんなのかな」


――桃から“三成さん”と呼ばれる度に胸がきゅんとして、ようやく笑ってくれた桃の笑顔を見て癒されている自分がいて――


桃の笑顔をずっと見ていたい。

この笑顔を絶やすわけにはいかない、と考えた三成は、桃を言葉で追いつめるのをやめた。


「クロちゃんに会いに行こうよ。三成さんに会うの久しぶりだから興奮して蹴られちゃうかもよ」


「その時は尻尾の毛を全部毟ってやる」


そんな他愛のない会話をして馬屋に近づくと、早速桃の声を聞きつけたクロが大きく嘶いた。

荒々しい音が響いて馬屋の中で暴れていることを知って慌てて2人で駆けつけると…クロは、歯を見せて笑っていた。

笑いながら三成の肩口を甘噛みして“顔を撫でろ”と催促してくる。


「やっぱ覚えてたね。クロちゃん、久しぶりに三成さんに乗ってもらったら?」


「いや、俺は…」


言いかけたが、クロが首を下げて鼻を鳴らすので仕方なく騎乗し、鬣を撫でてやると、今度は桃の前に立ち塞がった。


「え、私も?」


「桃姫、手を」


――以前のような関係。

ぎこちないけれど、三成と男女の関係になったのは一瞬のこと。


そう言い聞かせて三成の前にひらりと騎乗すると…その顔は真っ赤になっていた。


「三成さん?」


「…見えた!」


「あ…ご、ごめんなさいっ」


「い、いや…女子というものはもっとこう、しとやかでいて…」


「ふふ、もうそれ聞き飽きたから言わないで。クロちゃん、行くよ!」


号令だけでクロが走り出し、春日山城の坂を駆け下りて行く。


…細くて折れてしまいそうな腰。

首筋から香る香りは…自邸でも嗅いだ桃の果実の香り。


「…謙信公に叱られはしないか?」


「散歩だもん、怒んないよ。あの人とっても優しいから」


…ちりちりと胸が焦がれる。

ぐっと腰を抱き寄せた。
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