優しい手①~戦国:石田三成~【完】
“桃”と呼ばれた気がして、桃の唇から嗚咽が漏れる。


「…桃」


「ごめんなさい…。ごめんなさい…」


「どうして謝るの?恋しいんでしょ?やっぱり私とは…」


そう言って言葉を止めて、桃は身体を起こすと立ち止まった謙信と見つめ合い、首を振った。


「違うよ、私はもう決めたって言ったでしょ?謙信さんに幸せにしてもらうの。三成さんとじゃ…無理だよ…」


――最初から誰もが言っていた。


“三成とは一緒にならない方がいい”と。


“謙信ならば全てを包み込んでくれる”と。


「私…謙信さんに依存してるのかな」


「いいんじゃない?でもやっぱり三成の方がいいっていうのなら、私は史実通り生涯独身を貫き通すよ。ひとつでも君の願うように史実通りにしてあげる」


「違うよ謙信さん…そんなこと言うの、やめて」


三成を恋しいと思うのは事実。

けれど忘れられたことはあの太刀傷が原因だとしても、桃の魂の一部を死なせてしまった。


謙信は待って待って待ち続けて、手を差し伸べてくれたのだ。

優しい手を――


「謙信さん、また…する?」


「いいの?今ちょっと気が立ってるから乱暴になるかもよ」


女子と見紛うような美貌にいたずらっ子のような表情が浮かんで桃を笑わせて、また歩き出しながら唇を重ね合う。


「いいよ、私を夢中にさせてくれるんでしょ?」


「あれ?おかしいね、まだ私に夢中になってなかったの?」


――謙信の部屋に入り、桃の魂も身体も全てを謙信が包み込んで慈しみ、激しさを見せながら愛して声を上げさせる。


…そんな甘い鳴き声が…謙信の甘い囁き声が…部屋の前で三成の脚を凍りつかせた。


まだ桃と会って1日も経っていないのに、どうして脚がここに向かってしまうのだろう?


そんなに、通い慣れていたのだろうか――?


「桃…」


口の中で名を呼んで、中から聴こえる喘ぎ声に気が狂いそうなほどの嫉妬心が噴き出て額を抑え、俯いた。


自分が許せない。


桃に触れる謙信が許せない。


待ってくれなかった桃が…


――恋慕はどんどん膨らんで、三成の怜悧な美貌は悲痛に歪んだ。
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