優しい手①~戦国:石田三成~【完】
脚を引きずるようにして部屋に戻ると、一瞬隣の部屋の兼続が顔を出したが…何も言わずに、部屋を出て行った。


「俺は何をしているんだ…」


机の前に座ってため息をつくと、引出が僅かに開いていて、そこから1冊の帳面が見えた。


「これは…」


――桃と出会った日からつけ続けていた日記帳。


不思議な格好をして、髪が短くて、どう見ても刺客とは思えない桃を屋敷に入れて事情を聴いて――


次の頁を捲るごとに心情に変化があり、ついには…その言葉を見つけた。


『桃を妻にしたい』


乾いた笑いが込み上げる。

喉から手が出るほど欲しても、桃は記憶を失った自分を許してはくれない。

それでも帳面を読み進めていると…


襖の向こうで音がしたので顔を出してみると茶菓子と温かい茶が置いてあって、お園が歩み去っていく後ろ姿が見えた。


「…すまぬ」


――去って行った女子。

お園と桃。

今となっては比べ物にならないほど、後者への依存度は高い。


「たった1日でこれか。帳面を見て過去を知っても記憶が戻らぬ。何故だ…どうして…」


――とにかく読み続けた。

陽が昇っていることにも気づかずに読み続けて、桃を想っている自分と自分を想ってくれている桃の言葉や出来事が想像を掻き立てて情景を思い出そうとしていた時――


「三成さん…居る?」


「桃、姫…」


慌てて襖を開けると、湯上りの桃がみたらし団子が乗っている皿を持って立っていた。


「あの…何も食べてないって聞いたからこれ…」


「…そなたも食べぬか?物欲しそうな瞳をしている」


「そ、そんなことないもん!でも頂きますっ」


桃が机の上で広げられたままの帳面に気が付いた。


「それ…」


「俺が書き記していた日記だ。…桃姫、そなたのことばかりが書いてある」


――桃が机の前に座った。


信じられないものを見るような目で字を追って行って、最後の言葉で…止まった。


『関が原から戻ったら尾張へ戻り、秀吉様を仲介人に祝言を挙げる』


――桃がきゅっと唇を噛み締める。


三成は、横から静かに帳面を閉じ、瞳を伏せた。
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