優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「祝言を…遅らせる?」


姉の仙桃院が表情を曇らせて、謙信と桃を交互に見つめる。


同席していた景勝や景虎も腰を浮かせて驚き、謙信の隣に座っている桃と、兼続と共に部屋の隅に座っている三成を…睨みつけた。


「父上…三成が原因ですか?」


「1番目の理由は信長の手から桃の親御を奪還すること。2番目の理由は三成の記憶を戻すこと。3番目の理由は、桃の心を完全に私のものにすること、かな」


誰もが祝言を挙げると謙信が宣言したので浮足立っていたが、1番目の理由には正当性がある。

心残りのあるまま桃を正室に迎える気がない、というのは、謙信の清廉潔白な魂の有り様そのもの。


「少々残念ですが、俺も景勝も尽力を尽くします。桃姫…いずれ母上とお呼びできる日をお待ちしております」


「私の方が年下なのに、“母上”とか呼んだら怒るからね」


「あなたには少々男らしさが足りません。物腰が柔らかすぎると将としても威厳が」


「そうですか?夜伽の時は男らしいと思うんだけどなあ。桃、どう?」


「えっ!?えっと…」


顔を赤くして俯いた時…畳に何かを叩き付けるような音がして、誰もが音のした部屋の隅を見た。


空になった湯呑を音を立てて畳に置いた音を発した三成が冷静沈着な顔で一同を見回し、瞳を閉じてふっと笑った。


「上杉謙信女子説。尾張でも時々そのような噂を耳にした。僧服と僧帽…女子であることを隠すためなのでは、と」


「へえ、女子と見紛うほど私が綺麗ってことなのかな?ちなみに私が女子でないことは桃が一番よく知っているよね」


「う、うん…」


三成と謙信が水面下でいがみ合い、仙桃院が大きく咳払いをすると、謙信が笑ってようやく本題に戻る。


「安土城に佐助と才蔵を潜り込ませる。桃、親御に文を書くといいよ、必ず渡してきてあげる」


「え、ほんと!?謙信さんありがとう!!」


謙信の頬にちゅっとキスをして一同を羨ましがらせると、こうしては居られないのか脱兎の如く部屋を飛び出して行った。


「ようやく桃にお転婆が戻って来たね。誰のせいかなあ」


「…俺のせいとでも?」


またいがみ合う。


が、小さく笑っていた。
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