優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信の日常は毘沙門天への祈りに始まり、祈りに終わる。


朝起床してまずお堂へ行き、瞑想と読経。

その後朝餉を摂り、軍議に参加する。

基本的に昼食は摂らず、少し仮眠してまたお堂に籠もり、いつも変わらずそうして過ごしている。


「謙信様…」


桃もまだ帰ってこないし、少し仮眠をしようと横になったタイミングを見計らってかかった声。


寝返りを打って声のした方へ向いて、“入っておいで”と声をかけた。


「失礼いたします」


「清野…君はいつも私が1人の時を見計らってくるね」


「申し訳ありません…。謙信様にお願いがあるのです」


――元徳川家のくのいち。

最初から刺客と疑っていたが、『仕置き』として清野にした行為がどうしてかまかり間違ってこんなことになってしまい、ため息をつく。


「言ってごらん」


「私も安土城へ行かせて下さいませ。桃姫様の声色なら完璧に模倣できます。桃姫様の親御様方にご安心頂きたいのです。どうか…」


――まさかそんなことを願い出るとは思わなかったので、ふっと笑うと、清野は目を合せることができずに俯いた。


「そうなの、それは桃も親御も喜ぶだろうね。行ってもらえるかい?」


「!はい、喜んで!」


「ありがとう、助かるよ」


謙信の身体に薄い掛け布団をかけてやると、心の奥底を覗かれるようにしてじっと見つめられ、清野の手が震えた。


「何か見返りが欲しいのかい?」


「…いえ…見返りなど欲しておりません…。ぁ、謙信、様…っ」


頬に手が伸びてきた。

親指でそっと撫でてきて、口角を上げて僅かに微笑んでいる謙信の綺麗な唇が開いた。


「桃の声色を模倣できるんだって?」


「………謙信さん…愛してるよ。抱いて…無茶苦茶にして…」


「本当にそっくりだね。ちょっと興奮しそうになっちゃった。さあもう行って、私は少し眠るから」


「…はい。失礼いたします」


…言えた。

桃の声色を借りる形になったが、言えた。


あの瞬間だけ桃になって、笑いかけてもらえた。


「…浅ましい…」


愛してる。

あなたのためなら、命を捨てられる。
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