優しい手①~戦国:石田三成~【完】
桃姫が花の汁で爪を塗っている――

その報は瞬く間に女中たちの間に知れ渡り、誰もが真似をするようになった。

そしてそれは城下町にも広がり、越後に住んでいる女子の間で大流行することになるのだが、肝心の桃は謙信がのんびりと立ち上がり、付け髪で長くなった前髪を撫でてきた。


「ちょっと毘沙門堂に行って来るよ」


「私も行く。ご飯の前にちょっとお話したいし」


“誰と?”とは言わなかった。

桃はすでに謙信と同じ景色を見ていて、同じく毘沙門天を尊敬している。


三成は密かに歯噛みする。

自分が怪我をして治療中の間に、謙信と桃の仲は間に入っていけないほど強固な絆が出来上がっていた。


「桃姫、足元にお気を付けください」


「ありがとう幸村さん」


「…俺も行く」


三成も立ち上がった。

幸村と一緒に毘沙門堂の前に立つつもりでいた。


…2人きりにはさせたくない。

桃のこの艶姿も、いつもの活発な桃も…かつては自分だけのものだったはず。


――鋭すぎる切れ長の瞳に、まるで戦に向かう時のような光が浮かんで、謙信が肩を竦める。


「別にいいよ。でもちょっと長くなるかもしれないから退屈したらどこかへ行ってもいいからね」


「退屈などせぬ。桃姫こそ、謙信公との時間に退屈したら俺を呼べ」


「え…う、うん」


ほのかに頬が赤くなり、兼続一人がおろおろしたが、お堂の前まで全員がついて行き、中へ入ろうとすると…


「三成様…」


「…お園…どうした?」


――謙信と桃からある程度距離が離れると、それまで後をついて来ていたお園が三成の前に立って、袖に触れた。


桃はこの時…確かに自分の胸が痛くなったことに気付いていた。


「ご相談したいことがございます。よろしければ今夜…」


「ああ。では後で俺の部屋に」


「!ありがとうございます」


…そそくさと去って行く。


「桃、入るよ」


「あ……はい…」


謙信に促されてお堂の中へ入ったが、気持ちは一向に毘沙門天と謙信に向かず、


今夜三成の部屋を訪れて一体何をするのか?


それがずっと気にかかっていた。
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