優しい手①~戦国:石田三成~【完】
部屋に連れ込んでからも、桃は顔を上げずに背を向けている。


どうしたらいいかわからなくなって、とにかく先程の光景の言い訳をしなければと思って、口を開いた。


「あれはお園が勝手に…」


「もういいってば。私…三成さんが戻ってきてくれて嬉しかった。記憶がなくても…嬉しかった。もうそれだけでいいから。十分だから」


「…何が十分なんだ?戻ってきてみればそなたは謙信と祝言を挙げるというし…俺はどうしたらよかったんだ!?」


――また激情が迸ってしまって、桃の腕を強く握ると無理矢理振り向かせて顎を取り、上向かせて視線を合わせた。


「そなたが謙信と唇を重ねることと、俺がお園と唇を重ねること…何が違う?俺はそなたを責めていない。なのに俺を責める気か?!」


「っ、違う!違う違う違う!私は、もう…謙信さんを、選んだの!だから三成さんがお園さんとキスしてたって…もうやめて、あっち行って!」


「行かぬ!無かったことにするつもりなのか、それとも俺の記憶が戻るのを待ってくれるのか…どっちだ!?」


――熱く滾る瞳をしていた。

だが、桃にはその問いに答えることができない。


記憶を取り戻して…一体何が元に戻るというのか?



「…」


「……そうか。わかった。もういい、俺も…そなたを追うのをやめる」


「…っ、三成さ…」


「これからは…秀吉様の代行として接する。こうして…2人で会うことももうないだろう。…さらばだ」



――別れの言葉だった。


桃もどうしていいかわからなくなって、急に嗚咽が漏れて、声を上げて泣き出してしまって、三成の脚が止まる。



「…謙信に慰めてもらえ。今までのことは、無かったことにしよう。俺はそなたを想っていなかったし、夜伽もしていない。夫婦の約束も交わしていない。すべては、幻だった」


「みつ、なりさ……、そんなこと、言わ、ないで…っ」


「…俺にそれ以上何が言える?“もういい”と先に言ったのはそなただ。だから俺も言う。…もう、いい」



三成が部屋を出て行く。


気が触れたようにまた桃が泣き出してしまって。

外で待っていた幸村が沈痛な表情になった。
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