優しい手①~戦国:石田三成~【完】
どこまでも桃の泣き声が追ってくる――


とにかくいち早くその声から逃れたくて脚を動かし続けて…そして、殺気に気が付いた。


「謙信、公…」


「私の姫が泣いている気がするんだけど。…君が泣かせたのかな?」


中庭にぽつんと一人、立っていた。

…刀を手に。


僧服を着て、今にも戦に出向くような出で立ちでいつつ、表情は柔和そのものだったが…瞳は笑っていない。


秋空を見上げながら大きく息をして、腰に差している刀を顎で指し、自らは鞘を水平に構えると、すう、と刀身を抜く。


ぎらりとした白光が謙信の美貌を一瞬照らして、まさに仏…軍神に見えて、背筋が凍りついた。


「幸村に相手をしてもらおうと思ってたんだけど、君でいいや。むしろ、君がいい」


「謙信公…俺は…」


「桃と最後の別れを交わしたんでしょ?どっちが先に見限ったの?どちらにせよ、私の大切な姫を傷つけたんだ。それ相応の覚悟をしてもらうよ」


…言い訳は許してもらえず、風のように懐に斬り込んでくると、姿を見失った。


ただ謙信も感情を封じ込めることはできなかったらしく、背中に恐ろしいまでの殺気…風圧を感じて飛び退くと、そこを下段から上段に、光のように謙信の刀が通り過ぎて行った。


「うまく避けたね。さあ、私の世界へ入っておいで」


――全てが静の世界。

何もかもが遅く感じて、額を伝った汗が地面に落ちるのも何秒も遅く感じて、だが謙信のスピードは落ちていない。


剣舞の如く美しき刀さばきでばっさりと斬られる、と思った時――


「謙信、やめなさい」


「…姉上」


止めたのは、謙信の姉の仙桃院だった。


その背中には…まだ泣きじゃくっている桃が居て、三成の手から刀が落ちて、地面に突き刺さる。


「毘沙門天は無駄な殺生は望んでおられませんよ」


「…無駄でしょうか?私には今こそ必要と感じていますが」


急に身体の感覚が戻って来て息切れが止まらなくなった三成の傍らを桃が走り抜けて行って、謙信に抱き着いた。


「謙信さん…っ」


「…つらかったね。もうこれでかたがついたんでしょ?」


答えなかったが、答えはわかっていた。
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