優しい手①~戦国:石田三成~【完】
もう、取り戻せないものを手放してしまった…


それは身を切られるように痛くてつらくて、謙信に抱きしめられながら声を上げて泣く桃を一体誰が泣かせたのか…痛感していた。


「…俺が泣かせた」


「そうだろうね、君しか居ない。だけど桃を泣かすのはこれを最後にしてもらうよ。織田信長を落とせば君とも縁がなくなるね、少し悲しいけれど、これでよかったよ」


謙信が桃を抱き上げると顔を見られたくないのか、両手で顔を隠して見えなくなったその手の隙間から涙が伝うのが見えてまた居たたまれなくなった。


だが謙信は容赦なく言の葉を紡ぐ。



「君が桃を保護してくれていたから、私は桃と出会うことができた。桃は生まれてくる時代を間違えたんだ。本来は、私と結ばれるべき姫君だったんだよ」


「っ、違う!桃姫は、俺と……っ」



――はっとなった。

桃が謙信の首に腕を回してぎゅっと抱き着き、嗚咽を噛み殺していることに気が付いて、唇を噛み締める。


縁側に上がるとそのまま自室を目指して歩きながら、幸村に苦笑まじりに謝罪した。


「ごめんね、必ず君との時間を取るから今日は勘弁して」


「いえ…拙者は…。桃姫…御心を強くお持ちになって下さい。殿が…三成殿の分まで幸せにして下さいます」


「……………ぅん…ありがと…」


ようやく返ってきたまともな返答に、仙桃院と幸村がほっとしたように目じりを細めたが…三成は歯を食いしばり、瞳を見開いて中庭に立ち尽くしていた。

そこに降り注ぐ謙信の静謐の声。


「これより桃と三成が2人きりになることを禁ずる。桃も三成もそれでいいね?」


「…うん」


「……」


三成は答えなかった。

いや、答えられなかった


別れを切り出したのは桃だったが、それを受け入れたのも自分――


胸が疼いて魂が疼いて、視界がぼやける。


「そのハンカチ…もう要らないから」


桃が小さく呟いて、右手に巻かれているハンカチに目を落とす。


…鮮血に染まったハンカチ。


桃からの、最後の贈り物。


「…桃…」


――名を呼ぶ声は桃に聴こえていたが…応えることは、なかった。
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