優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「やっぱり…覚えてなかった」


ため息をついて庭を箒で掃きながら桃は昨夜の出来事を振り返った。


――突然のキス。


いつも冷静で落ち着いている男があんな激しさを見せたことが、桃の心臓の音を大きく高鳴らせる。


「…好きじゃないもん。違うったら!」


自問自答を繰り返しているうちに三成のことしか考えられなくなってきた自分自身を桃は否定しながら馬屋へと向かう。


「クロちゃーん、ご飯だよ!」


――三成の黒毛の愛馬が桃の姿を見た途端前足をかき、興奮しながら鼻を鳴らせた。

人に慣れないこの暴れ馬に餌をやるのも命がけだった屋敷の人間は桃に餌やりを頼み、“クロ”と桃に名付けられたこの馬は手綱を引かなくとも、一度たりとも桃に襲いかかったりしたことはなかった。


「桃殿、拙者もお手伝い致します」


…心細かった時慰めてくれて、一緒に寝てくれた幸村が少し照れ笑いを浮かべながら歩み寄ってくる。

眠っている幸村より先に起きて三成に会い、そして馬屋で飼葉を与えていた桃はいつものように太陽のような笑顔で幸村に手を振った。


「幸村さんおはよ!あの…昨日は…ごめんね?」


事情をほとんど話していないのに、何も言わずに必死になって励ましてくれた幸村。

桃の中で、幸村は“お兄さん”のような存在になっていた。


「あ、いえ…拙者もその…女子と夜を共にするなどはじめてだったもので…ご無礼を!」


ぺこっと深く頭を下げた幸村は誠実そのもので、目の前に水の入った桶を置くと、クロを指差した。


「ううん、いいの。むしろ助かったよ!ね、幸村さんにはクロちゃんの体を洗ってもらっていい?私だと背が届かないから」


「ああ…桃殿は小さくてお可愛らしいから難儀でしょう、よし、ここは拙者が!」


奮起した時、
見慣れぬ人間に体を触れることを嫌がったクロが大きく立ち上がった。


「こら、クロちゃん!駄目だよ、おとなしくしてて!」


厳しく叱ると、しゅんとなって桃の肩に鼻面を寄せるクロの体を幸村は思い切りタワシで擦る。


「おぬしも拙者の好敵手!容赦せぬぞ!」


意味はわからなかったが、桃はおかしくなって笑い声を上げた。
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